第100話:最後の復讐へ
今は体を休めることに専念するとしよう。
いざと言う時に体力が尽きる事態になることだけは避けたい。
「どっちにしろ朝までは何も出来ない。宿泊場所くらいあるだろうし、休める時に休んだ方がいいな」
「そうね、ここが研究施設で良かったわ」
複数の研究員や石動が寝泊まりしていただろう点を考えると一通りの生活設備は揃っているに違いない。
食事は少し味気ないが、ずっとここにいるわけでもないなら十分だ。
研究員用の仮眠室があったので、そこに三人で一つずつベッドを占拠する。
白い壁にコンクリートの床、その中にベッドが十数個置かれてカーテンで仕切られている程度の簡素な空間だ。
「丁度良かったわね、改めて芦原くんや葵とも話をしたかったから」
律羽にはもう隠すことは何もなくなった。
ようやく腹を割って律羽に全てを語ることが出来るのは、不測の事態ではあるが胸のつかえが下りたようにも感じる。
今までも、これからも、出来れば彼女には嘘を吐きたくなかった。
だから、色々なことを洗いざらい話した。
今までに感じていたこと、経験したこと、地上のこと。
葵共々、胸に抱えていた全てを吐き出していた。
「……何というべきか解らなけど、凄いわね」
律羽は全てを聞いて、複雑な表情でため息を吐く。
確かに天空都市から追われて、地上で再起を図って再び戻ってきた人間はこの場所には他にいないだろう。
もちろん、連也と同じ体験をする人間は他にいなくていいのだが。
「俺は天空都市が好きだった。烈が守ったこの場所を俺も守っていくんだと思ってたから……余計にあいつらが許せなかったんだよ」
「今でも守ろうとしてるんでしょう?」
「ああ、だって……」
律羽に話が出来て、自分の胸中に抱える絶対的なものが復讐だけではないと再認識することになった。
復讐を決意しても、それでも他の人間を犠牲にしなかった根底にあった感情。
自然と昔に浮かべた笑みが唇に広がった。
―――わかっている、
「理想を言えば、皆が笑顔なのが一番だろ?
その為に戦っている大前提は忘れてはならない。
復讐を遂げることは絶対の目標だが、英雄が守った人々を犠牲にせずに完遂するのは連也の誓いだ。
「……芦原くん」
律羽が呆然と連也の顔を見つめているのに気が付き、怪訝そうに見返すと目を逸らされた。
何だか顔が赤い気もするが、今回は別に彼女をからかってもいないので理由はよく解らない。
真っ向から緯線が噛み合ったことに羞恥を覚えた程度には見えないが。
「今のは結構わたしもぐっと来たよねー、律羽と同じでさ」
「……一緒にしないでくれるかしら」
律羽とは復讐についての協力者とまでは言えないものの、それなりに親密な関係を取り戻したのは精神的にも大きかった。
しかし、万が一にも鏑木の命を救おうとした時には動きを止める手段を講じておかねばなるまい。
その夜、見張りを立てて交代で三人は睡眠を取る。
そうして、迎えた翌朝。
結果的に言えば、特に障害もなく事は進んだ。
作戦は無事に成功し、空気取りの為に地上へと繋がる穴からアイオロスで押し込んで地上にルインの羽を届ける。
部分的な鑑賞膜の解除、飛空艇の手配、それらは天使型として一定の権限を与えられている光璃と教官の景が手を組めば容易いことだ。
その二人がどんな会話をしてルインを連れてきたのか知らないが、羽を送った穴からは同じ緑色に輝く羽が落ちてきた。
「よし、それじゃ……今度はメッセージだな」
機械の一部分の予備だったらしい、薄型の金属板を足で固定してアイオロスの先端でメッセージを掘ってもらう。
「……私のエアリアル・アームがペンにされているわ」
「仕方ないだろ、切れ味的にこれがやり易いんだから」
そして、綴ったのは入口がある部屋の場所だけの簡素な内容。
それをアイオロスで地上に送って十五分後。
ガン、と凄まじい音が入口を塞いでいるシャッターから聞こえてくる。
鏑木達の可能性もあったので慎重に様子を伺うが、手元の羽と同じ緑色の光がわずかな隙間から漏れ出しているのが見えた。
それはルインがここまで辿り着いたという証明に他ならない。
内側から放たれるはアイオロス・ゲオルギウス・ハルピュイアの出力。
ルインを傷付けないように調整はしたが、外側から緩んだ緩衝膜であれば強固であろうと関係ない。
一方向に特化したが故に敗れなかった壁は二方向からの衝撃には弱い。
「連也さんっ……!!」
緩衝膜を破壊すると真っ先に駆け込んで来たのは光璃だった。
ここまでルインを導いてくれたのは彼女だ。
鏑木を殺すことまで伝えていないのは申し訳ないが、光璃なしでは連也はここで終わっていたかもしれない。
特に打算の無い思わぬ縁だったが、最後の決め手になってくれた。
「助かったよ。だけど……これで約束は果たしたな」
光璃に着いてきたルインに声を掛けると、気だるげに首肯が返ってくる。
「芦原くん、天瀬さんも協力していたの?それに……」
「光璃はもちろん、こっちもすぐに攻撃してくる心配はないぞ」
律羽は次から次へと明らかになる事実に頭が着いていかない様子だが、今は懇切丁寧に説明している余裕はない。
当面の心配がないことだけ告げてルインを動力炉へと案内する。
施設内を歩くことしばし、連也達は再び動力炉のある場所へと帰還していた。
「……そん、な」
ルインは唇を噛むと天使型の埋め込まれた機械を睨み据えた。
同族が人間達によって、こんな目に遭わされていることを目の当たりにして憎悪の感情を抱かない方が不自然だ。
連也も似たような形で憎悪を抱いたので、彼女の感情を否定する気はない。
躊躇いもなく人を殺める鏑木・石動・北尾らよりもルインの方が余程、人間らしい感情を備えているではないか。
「動力炉は壊さない、そういう約束だったよな」
「……わかって、いるわ」
本音を言えば、今すぐにこんなものを叩き壊して仲間を救い出してやりたかったに違いない。
それでも、彼女は約束を違えることはなかった。
鏑木を潰せば天空都市は変わる、その言葉を信じて力になってくれるだろう。
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