第98話:脱出
「俺達の話をする前に言っておく。天空都市は罪を犯しながら発展してきた。これを見ればわかるだろ?」
「これって……嘘、人間?」
彼女が目を向けたのは天使型を閉じ込めた動力炉だ。
鏑木がそれを見られるリスクを冒しながら、ここへ律羽を送ったのかは気になるが今は目の前の問題を解決しよう。
「天使型らしい。天空都市は研究に協力を申し出た彼女を騙して閉じ込め、エネルギーを搾取し続けた。それが動力炉の正体だ」
「………嘘じゃない、みたいね」
「ああ、天空都市が犯した罪はまだある。まず、俺達は天空都市の生まれで間違いない。そして、氷上烈の遠い親戚だった俺と葵は実の兄貴みたいにエアリアルの使い方を教わった」
「二人が異様にエアリアルの適性が戦った理由にようやく納得がいったわ。でも、どうして地上に……?」
律羽は真剣な表情で連也の話を聞いており、何とか真実を受け止めようとする誠実さが目に見えた。
「氷上烈は戦死したわけじゃない。資金を北尾が手配し、石動がエアリアルに細工し、鏑木が全ての指揮を執って烈への狙撃を指示した。俺は最後に烈の近くにいたからな、誓って嘘じゃない」
「……そ、んな……ことって」
さすがの律羽も今まで信じていた物が根本から揺らぐ話を整理しきれていない様子だった。
「その後、鏑木は俺の家族も親類も殺した。お前にわかるか?全員、知ってる人間が殺されて自分だけ生き残った気持ちがな。だから、俺達は地上に逃れるしかなかったんだ」
律羽は連也の瞳に浮かぶ深い憎悪を読み取って息を呑む。
いつもの能天気とも言える態度で律羽に接する芦原連也など、憎悪さえあれば容易く塗り潰される。
人間は正より負の感情で動き易いように出来ているのだ。
「だから、北尾も石動も殺した。石動に至ってはお前を殺そうとしてたんだぞ。浮島で回収した血液サンプルが欲しいなら後でくれてやるよ」
「……石動教官が、私を?」
「だから、次は鏑木を殺して俺は復讐を完全に終える。その為に俺はこの島に戻ってきたんだからな。あいつらがのうのうと生きているのが俺には許せない」
歪んだ感情も表情も律羽が接したことのない、どす黒い部分だ。
静かに押し殺した怒りは今日までの時間で微塵も衰えることはなかった。
家族や親類、憧れの存在を同時に奪った人間が息をしている事実だけで連也は耐えられない。
「お前はどうする?俺達が間違ってるのか?何十人殺しても、懺悔せずに今も人殺しを躊躇わない……クズが正しくて俺達が間違ってるのかよ。殺すことが悪だって言うなら……あいつらは誰が粛清してくれるんだよッ!!誰も……やろうとしなかったじゃねーか!!」
法が正式に裁いてくれるなら、連也が凶行に走ることもなかった。
大人の誰かが断じるなら、エアリアルをこんなことに使わなかった。
今まで葵や景にしかぶつけて来なかった感情が溢れ出て、視界が歪みかけるが必死で堪えて言葉を吐く。
色々なものを押し殺して戦い続ける覚悟は決めたが、永遠に御しきれる程に連也は大人ではなかった。
だが、バカなことをしたと自嘲の笑みを浮かべて軽く頭を振った時。
思わぬ声が届いたのだった。
「………ごめん、なさい。全然、私」
あの至高の騎士の頬を涙が伝う。
ぼろぼろと涙を溢す律羽を見て、彼女が連也の為に力になれなかったと悔いてくれているのだとわかった。
その気持ちは心から嬉しくて、連也は荒んだ心を静めて笑みを見せる。
人の心を持たない者がいる中で、こんなにも心を揺さぶられる言葉をくれる優しい少女がいる。
だから、天空都市を落とせば早いと知りながら復讐のみを完遂しようとした。
「律羽と会えて良かったよ。そんな風に俺達の為に泣いてくれる人間なんてもういないと思ってたから」
少し気を抜けば、不覚にも涙が零れそうだった。
震える声で感謝を絞り出すと、連也は律羽の肩に手をかけて囁く。
「だから、今は邪魔しないでくれよ」
律羽が二人を信じて駆動させなかったアイオロスの燃料を腰から抜き取ると連也はエアリアルを駆動させる。
彼女の好意を利用する最低の手だとはわかっていても、律羽との命を賭けた戦いを避ける為にはこれしかなかったのだ。
「あっ……芦原くん!!」
「ダメだよ。友達でも今だけは譲れない」
駆け寄ろうとした律羽の前に決意を漲らせた表情の葵が立ち塞がる。
その顔だけで律羽には二人が鏑木の元へ向かおうとしていることはわかってしまったらしい。
だが、彼女のエアリアル自体がもう駆動できない。
翼のエアリアルも元が駆動しなければエネルギーの供給は不可能だ。
「出来るだけ早く迎えに来る。研究室だ、水と食料は置いてある」
二人は律羽を置き去りにエアリアルを駆動する。
そして、入口へと飛翔しようとした時だった。
「何、この音……」
ズンと地面が揺れ、二人は中空へと浮遊して衝撃から逃れる。
律羽が心配だがこの程度の揺れでは怪我をすることはあるまい。
問題は通ってきた入口の方だった。
行き道では洞窟のようにしか見えなかった場所に分厚いシャッターが幾重にも降りているようだ。
周囲の土砂を掘ろうにも周囲は同じく鉄の壁、トンネルを掘り進めようとすれば土砂でエアリアルの働きは阻害される。
エアリアルは地中での働きは想定していないのだ。
つまり、これが本当の罠だったということか。
「もしかして、閉じ込められた?」
「律羽も利用しやがったのか……鏑木ッ!!!!」
ぎりっと歯を食い縛ると連也は怨嗟を口にする。
恐らく三人を閉じ込めておくのは長期間でなくともよく、捕縛の準備を整えてからで十分だ。
律羽を寄越したのはあわよくば侵入者を倒し、無理でも時間を稼ぐ。
動力炉の中に閉じ込めても念を入れて律羽を置いてある以上は万に一つも破壊は有り得ない。
最後に石動が笑ったのは、自分の死を以て鏑木が罠を仕掛けるのを見越したからだったのかもしれない。
「……何とか脱出するぞ」
「それなら、律羽にも協力して貰う?さっき、あんな別れ方したけど」
「……ダメだ。あいつに協力して貰って脱出したとして、鏑木の所へ向かうのを様されるからな」
まずは脱出策を講じるべく二人に元来た道を戻る。
必ずここを出て鏑木を殺す目的は変わっていないし、律羽を無事に返したい願いも心には残っていた。
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