第97話:動力炉の真実
こんな場所に誰もいないなんて有り得ないと予測はしていた。
だが、本来は防衛の必要すらない場所だ警備を置くなど本来なら有り得なかった。
故にあっさりと不自然な程に最後の巨大な扉はそこに口を開けていた。
こんな大事な場所に誰もいないなんて、研究者すらも配備していないなんて有り得るのか。
周囲を慎重に伺うも罠の気配はどこにもない。
連也と葵は意を決して、扉の向こうへと足を踏み入れた。
「これ、は……」
「何……これッ!?」
さすがの二人も目の前の光景を見て絶句した。
確かに目の前にあるのはイメージしていた通りの強大な機械だ。
複数のメーターがコードに繋がれ、まるで大規模な焼却炉のような球体の機械が六メートル程度の天井の部屋に鎮座して低い駆動恩を挙げていた。
入口付近と同じように天然の洞窟のような、窓がなく薄暗い部屋は小綺麗な研究室のイメージとは程遠い。
しかし、機械の中央に付いたカプセルには一人の人間が埋め込まれていた。
薄っすらと輝く緑色のカプセルの中にいる長い髪の少女を見て、ようやくルインの言っていた同胞とは何のことかを二人は知る。
恐らく、本当に天使型の力を基本となる動力としていたのだろう。
機械に近付くと連也は他にも何か手がかりはないかと周囲を一巡してみる。
すると、付近にあった鍵付きのラックが開け放たれていて、中には紙の束が大量にねじ込まれている。
何か手がかりはないかと捲ると、それは天使型の状態などを書いた記録だった。
天使型は協力してくれようとしたのに、人間は彼女を裏切って動力とした。
健康状態から何からを研究し、研究者達は彼女を生かし続けた。
ただ天空都市を動かすために、昔からあったシステムを技術に合わせて進化させ続けてきたのだ。
「こんなもので、ここは動いてるのかよ!!」
「……酷いよ、こんなの。この子は協力してくれようとしたんだよね」
葵も唇を噛んで、天空都市が犯し続けてきた罪を非難する。
天使型を道具のように使い続けてきた事実は、二人からしても信じられないものだった。
二人ともそれにすっかり気を取られていて、迂闊にも気付かない。
そう、もっと早く気付くべきだったのだ。
鏑木が何も手を打たないわけがない。
動力炉に何か策略が仕掛けられている可能性が高いと踏んで、更に慎重を期すべきだった。
連也も勘のいい葵も動力炉の謎に迫れると、鏑木の先を行けると焦っていたことに今更ながらに気付かされた。
最悪の結末を以て、策略は動いていた。
不意に開いた入口の音に気付いた時には遅かった。
「あなた達は誰……?」
急に現れた人物に思わず思考を停止する。
動力炉の場所では絶対に出会うはずのなかった少女がそこにいた。
そこには、いるはずのない月崎律羽がアイオロスを纏って立っていたのだから。
咄嗟にゲオルギウスを起動しながらも迷いがあったせいで動きが普段とは比べ物にならないぐらいに緩慢だったことにも気付かなかった。
その隙に振るわれた刃は……。
連也の顔を覆う布を一閃で斬り裂いていた。
今ほど自分の愚かさと迂闊さを呪ったことはほとんどなかっただろう。
「………芦、原くん?そっちは……葵?」
今度は律羽が呆然とする番だった。
その隙を今度は利用して連也はゲオルギウスの圧縮を発動、最新の注意を払いながら律羽の剣を持つ腕を拘束する。
どうやらお互いに精神的には未熟な所も多かったらしい。
「鏑木理事長からここに来いって言われたんだろ?」
鏑木から大事な話があると律羽が言っていたのはこのことか。
それを悟った故にまずは律羽を制するっべきだと連也は決意せざるを得なかった。
恐らくはこう言われたのだ、『石動殺しの犯人が動力炉を狙っている』と。
少なくとも顔を隠して侵入している所を見られた以上は『何の罪も犯していません』といった言い逃れは出来まい。
本当に残念な気持ちはあるが、その程度では復讐心は消えはしない。
「……ええ、石動教官を殺した犯人が今日ここに来る。研究者は全員退避させるからって」
「律羽は俺達が石動教官を殺したと思ってるのか?俺達は動力炉の謎を解きに来ただけだって言ったら?」
「それなら、私を拘束しているのはなぜ?」
険しい表情の中にも動揺を滲ませ、律羽は漆黒と黄金の混ざり合ったゲオルギウスの装甲を眺める。
「お前が誤解して戦闘を仕掛けない為だよ。何もしないならすぐに解く」
律羽に嘘を吐きたくないとは思っていたが、戦うことになるなら殺人罪だけでも逃れる術を模索してみよう。
石動を殺していないと思い込むだけで、律羽との戦闘は避けられる。
「貴方達には色々と疑問があったわ。それが石動教官を殺す動機だったと仮定すると全てが繋がるのよ」
「……へえ、興味あるな」
「貴方達は元々、天空都市の生まれだったんじゃないの?それしか、ここに忍び込む動機も石動教官を殺す動機もないじゃない」
やはり、ここの場所を知っていた時点で石動殺しの件は逃れられないか。
鏑木の素早い措置を思えば、石動が殺されることも読んで罠を仕掛けていたのかもしれない。
罠を仕掛けていたのは石動本人ではない、鏑木だったのだ。
「面白い発想だな。そうだって言ったらどうするんだ?」
いつだって律羽は人々の為に正義を振るえる存在だ。
そうあるべきだと期待され、その重責を背負うだけの器量が彼女には生まれつき備わってしまっていた。
血の滲む努力を出来る根性までも備えた律羽はきっと二人を捕らえるしかない。
月崎律羽はそうある為に強くなったのだろう。
でも―――
「わから、ないわ……。だから、困ってるんじゃないッ!!!」
あの冷静な律羽が目に涙を溜めて、感情をむき出しにして連也を睨む。
情も正義もどちらも取れないと、彼女の涙が物語っている。
ああ、何を勘違いしていたのだろうか。
月崎律羽は最初から誰一人見捨てられないお人好しだったはずだ。
増してや、長い時間を過ごして友人とまで認めた連也のことを敵と断じて命を奪うなど絶対に出来ない。
どうやら、もう隠しても確信してしまった事実は消えない。
それなら最後に正面から向き合ってみよう。
「わかった、全部話すよ。お前が知らないこともな」
月崎律羽を前にして、葵も全てを打ち明ける覚悟はできたようだ。
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