第96話:動力炉



翌日、石動教官が死んだことはすぐに天空都市中に広まった。


研究者としても教官として有能な女傑の死は天空都市の様々な方向に影響を与えたようだった。

無論、彼女を殺すことで不利益を被る生徒も出てくると連也はよく理解した上で殺害を実行していた。

しかし、有能であれば罪を許される場所であってはならない。

有能が故に彼女の研究は多くの人間を犠牲にして成し得るものだ。

律羽を狙い続けたのも彼女が冷酷で、研究の為に多くを踏み台にする覚悟を固めた人間だったことへの証明になる。


ある意味では北尾よりも質が悪いと言えなくもない。


「……石動教官が、死んだ」


授業前の空き時間の廊下で景教官から聞いた律羽は呆然としていたが、近くにいた葵の浮かない顔も死者を悼む表情に見えただろう。

彼女は知らないのだ、石動教官が自分の命を狙っていたことを。

それを伝えることが幸福かは連也にはわからなかった。


いかに罪人ではあっても、死を悼む者はいると突き付けられた気分だ。


この手には石動を殺した時のエアリアルの感覚が残っている。

二人を殺したのだ、残忍な者達を人間以下だと断じていても死の重みはのしかかってきていた。


何にせよ、石動教官が律羽を狙っていたことは公表できない。


公表しようとしても連也達の正体が割れる上に鏑木が握り潰すはずだ。

あの男を潰すまでは絶対にこちらの情報は渡せない。


「……有能な教官だったよな」


律羽の言葉に同調したようでも連也は“良い教官”だったとは言わなかった。

あの女を良い人間だったと認める嘘は絶対に吐きたくない。


「ええ、色々と親切に教えてくれたわ。任務を手配してくれたのも教官だった」


「……ああ」


「理事長から大事な話があるって呼ばれていたのも恐らくその件ね。少し話を聞いて来るわ」


律羽の想いが込められた声が石動に向けられているだけでも、胸の中に吐き気に似た熱が駆け巡る。

律羽に真実を教えるまではもうすぐだ、と自身に言い聞かせて平静に戻る。


石動が死に際に残したのは天空都市の動力炉の場所。


なぜ、あの女が急にそんな気になったのかはわからない。

完全な嘘とも思えないが善意であるとは絶対に思えなかった。


……連也は授業中もそのことを考え続けていた。


今は亡き石動の残した謎は多かった。

多くの騎士の存在は天空都市が存在できる条件であると言ったことを始め、なぜ人造獣災の研究をあれ程に急いだのかも謎だ。

そこから連也が直感したことはあったが、石動自身は否定していた。


天空都市はもう長くは持たないのではないか、と連也は思ったのだ。


だからこそ石動は動力の開発に勤しみ、人造獣災はその為の実験だったのかもしれないと推測できる。

天空都市には憎悪もあるが、それ以上に大切な思い出もある。

何より罪もない大勢の人々がここでは生活を営んでいるのだ。


真実を確かめなければならないだろう。


天使型との協力の約束もあることだし、動力炉へと向かうとしよう。



教えられた場所へ辿り着くのはそう難しくはない。



夜になって連也は葵を連れて教えられた動力炉の場所へと潜入すべく、いつも通りの手順で寮を抜け出した。

もう機器の位置も完璧に把握したので、抜け出すのは感覚だけでも出来るようになってしまっている。


そして、葵と合流したのは蒼風学園の裏手だった。


最初に学園へと侵入した時、灯りが一つだけ点いていたことは覚えている。

石動が動力炉の場所を告げた時、その光景が最初に頭には浮かんでいた。

あれは石動教官が地下への入り口を開いた際に、灯りを欲しがって電気を一時的に点けたせいだ。


―――そう、動力炉は蒼風学園の地下深くにある。


石動は正確な場所は告げなかったが、連也達にはルインから与えられた羽根が正確な位置を輝きの強弱で教えてくれた。

どうやら天使型の力を利用して天空都市が浮遊しているのは事実のようだ。


「さて、行くぞ。気を引き締めて行くぞ」


「うん、準備オッケー」


石動教官のポケットにあったケースからIDカードは回収してあるので、入口を開くのは地下研究室の時の要領で問題ない。

壁紙をくまなく探った末に見つけたリーダーにIDを通過させ、締め切った空き教室の床は持ち上がって二人に道を示す。


ここを潜れば無事では戻れないかもしれない。


だが、二人は視線を交わして階段を下りて昇降機に見える機械へと降り立った。


「う、おっ……と」


「いきなり動くからヒュンってなったよー」


「それ、女子が使う言葉じゃねーぞ」


ゴウン、と床ごとワイヤーを伝って下まで降りる技術は地上を思わせたが、エアリアルの技術を併用して浮遊する様子は見えた。


まだまだ降りていく、まだ下へ。


ついに落下速度が緩んだ昇降機は固い床へと着陸し、鋼同士が擦れる音を立てた。

床を降りた先の光景は、まるで巨大な防空壕のように見える。

内側を補強はしてあるものの、洞窟めいた内部には灯りが幾つか埋め込まれて眩い光を放っていた。

もしかするとIDを通してから、一定時間は光り続ける仕組みなのだろうか。


再びセキュリティーを通過すると、打って変わって内部は病院のように白い壁と床が続く施設へと変わる。

状況から見ても、単純に石動が組んだ罠である可能性は低いだろう。


―――さあ、この先に何があるのか。

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