第94話:第二の復讐
彼女も鏑木達に味方しているとはいえ、烈に教わった心は亡くしていない分かった喜びもあったが、感傷に浸っている場合ではない。
この動揺は彼女が見せた明確な隙だと割り切って行動を開始する。
相手がこちらの能力を把握していない今が最後の隙だ。
動きが律羽程には早くないからこそ、最初の一撃だけは確実に入る。
密かに握ったゲオルギウスの全力での圧縮は右足の出力口を一撃で打ち砕いた。
これだけの動揺を示さなければ彼女とて、こうまで簡単には一撃を喰らわなかっただろうが幸運に感謝しよう。
連也を敵かどうか迷ったが故に反撃への警戒が不足し、激しく動揺がしたが故に致命的な失敗をした。
「え、ええっ・・・・・・!?」
不意にバランスを崩して、前につんのめる燐奈。
一度、放出を行ったエアリアルの出力は人間の肉体のよる制御を大きく超える。
放出を行った瞬間にピンポイントで狙った、全力の圧縮を右足に命中させればバランスなど取れるはずがない。
狙うは彼女を殺さずにエアリアルの機能を停止させられる場所。
振るわれた全力の拳は胴を打ち抜いて、燐奈を遥か後方の壁に叩き付けていた。
エアリアルの機能が揺らいだ所へ胴に一撃を喰らえば、当面はまともに動けない。
意識が薄れれば緩衝膜の効力も大幅に低下する。
ゲオルギウスを解除すると連也は手早く近付いて、燃料タンクを取り外す。
「けほッ、キミ・・・・・・誰、なの?」
「・・・・・・・・・」
一度、声を聴かれている以上は口を開けば素性が割れる。
これで燐奈の無力化は成功した、別に設けた脱出経路を使用して石動が逃れようとしても十分に間に合うだろう。
やっと、復讐の第二幕の終焉を迎えることが出来る。
暗い高揚と共に連也はエアリアルを全力で駆動して、研究室を確認しながら奥へと進んでいく。
今の石動に使える手駒はそう多くはないはずで今なら殺せる。
そして、駆け抜けた果てに石動の姿はあった。
白衣の研究員を三名ほど連れて、薄暗い廊下を逃走しようとしている。
研究室の性質上は簡単に逃走できないと踏んだが、予測以上の逃亡の遅さだ。
自分が先に逃げて他人を犠牲にしようとしなかったことだけは評価しよう。
それでも、あの女を許す理由はどこにもない。
罪のない人間を傷付けたくはないが、気絶していて貰おうとエアリアルを駆動して拳を振るう。
出力を絞れば万に一つも死ぬことはあるまいと、蹴りで二人を沈めて一人を拳で叩き伏せる。
容易く男三人を気絶させると最後の一人、石動と向かい合う。
肩まで切り揃えた髪に理知的な色を浮かべた瞳は、連也が見かけた昔から大して変わったようには思えない。
「来い、場所を移す」
低い声で促すと逃げても無駄だと理解したのか石動は黙りこくったままだ。
だが、この女がそこまで殊勝な性格でないのは、よく知ってるので釘を刺す。
「獣を起動させる隙を伺っているなら無駄だ。入口のガラクタを潰した仲間がもうそろそろ着く頃だ」
デタラメを言っているわけではなく、事実として燐奈のものではないエアリアルの駆動音が既に聞こえてきている。
そして、目論見通りに顔を隠した葵は石動の逃げ道を塞ぐように降り立った。
葵が来てくれたならば、この復讐が敗れる未来は有り得ない。
「無駄だとわかっただろう、あの程度の数を出してきても同じ結果になるだけだ」
「・・・・・・あなた達は何者ですか?」
「それは場所を移してからだ。無理やり連れて行ってもいいが、自分の足で歩くかを選ばせてやる。脱出方法を教えろ、間違えていたらお前を殺すまでだ」
そして、大人しく外へと脱出した石動を連れて行ったのは北尾と同じく森の中だ。
研究室の中では何をされるか分かったものではなく、少し離れた森に連れ出せば何も出来ないだろう。
地上の人間から受け取っておいた金属センサーを使って妙なものを持っていないかを確認したが問題はなかった。
録音機器も持ち合わせてはいないようなので、ここらでネタばらしと行こう。
正体も知らぬ相手に殺されるだけなど許さない。
自分たちの行った蛮行を想い、憎悪に狂いながら死ぬがいい。
「俺達を何者かって聞いたな?葵、取っていいぞ」
布を外して投げ捨てると石動の前に顔を晒す。
二人の素顔を見た石動は驚きに大きく目を見開いて、それでも鋭い眼差しで気丈に復讐者達を睨み据えた。
「芦原君、上城さん・・・・・・あなた達、どういうつもりですか?」
教官としての顔を辛うじて保つ石動を連也は冷笑と共に迎えた。
連也程には彼らへの情を失っていない葵は少しだけ躊躇いがある様子だが、ほぼ無感情で石動教官を見返している。
許せないと言って、あの日に涙を流したのは葵も同じなのだ。
「北尾にも最後にも話したんだが・・・・・・お前達が犯した罪に心当たりはないか?」
「後ろ暗いことがないとは言えません。しかし、天空都市の発展の為に私なりに尽くしてきたつもりです」
「北尾から聞いている、烈のエアリアルに細工をしたのはお前だな?」
「・・・・・・彼が結果的に亡くなったことは悔いています。しかし、私達は殺し合っている場合ではないのです」
北尾と違って石動は後悔を口にしたのは評価してやってもいい。
だが、それで命を奪うのを躊躇うことはない。
―――この女は、嘘の匂いに満ちている。
表情も言葉のトーンも変えずに口に出来る後悔などありはしない。
天空都市の為に烈には死んで貰う必要があった、石動の思うのはそんな所だろう。
「後悔しているって言うなら助けてやってもいい。ただし、お前達の悪行を天空都市中に伝わる形で公開しろ。当然だろう、英雄を殺したんだからな」
今の自分がどんな笑みを浮かべているのかは鏡がなくても簡単に想像できた。
この申し出こそが石動が生きる最後のチャンスだった。
「いいでしょう、私の知る限りを公開すればいいのですね?」
いとも簡単に承諾してくるが、この女の思惑など知れている。
「そうか、何よりだ。今すぐに協力してくれるって意味でいいんだよな?」
「・・・・・・・・・」
一時的にしろ命を落とすのを引き延ばせれば打つ手もあると考えたのだろうが、こちらを子供だと舐めているのかと罵倒したくなる。
やはり、人間らしい情も持たない石動は今ここで殺さなければ駄目だ。
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