第93話:思わぬ敵


多少は頑丈にしてあるだろうが、エアリアルの最大出力で強引に破られることを想定した扉ではない。

空を舞う強大な獣ですら一撃で仕留める出力は、その程度の扉は幾度か衝撃を与えるだけで容易く打ち破ることができる。

ひしゃげて吹き飛んだ扉を一瞥すると、連也は仇敵へを目指して無機質なコンクリートの床を走り抜けていく。


エアリアルの燃料はここに来るまでに入れ替えたとはいえ、節約しておくに越したことはない。


「・・・・・・さて、石動がいるとすればあそこか」


密かに訪れる賓客の為か、ご丁寧にマップを準備してくれたおかげで内部の様子は頭に入っている。

第一から第四まである研究室は有難いことに一区画に固まっていた。

入口の番犬は警備の為に配置してあっただけで、連也の唐突な襲撃を予測できていたわけではない。

侵入した連也の前に敵が立ち塞がらないのが、その証拠と言えるだろう。


エアリアルと併用すれば敵の元に素早く辿り着くのは容易だ。


それでも以前から懸念はあった、用心深い者ならば北尾が殺された段階で危機感を抱くかもしれないと。


英雄のエアリアル・アームであるエル・ラピスは敵に素性を教えるようなものなので、一時的に具現化を解いて腕輪型のデバイスで制御中だ。

ゲオルギウスを使う分には存在を知っているのは律羽含め数名なので、幾らでも誤魔化しは効く。


だが、そこに思わぬ敵は立ち塞がったのだ。



「・・・・・・それ以上は行かせられないかな」



―――立ち塞がったのは律羽に次ぐ騎士とされる少女。


右側で括った長い髪がエアリアルの排熱でわずかに持ち上がった。


天木燐奈の敵意に満ちた表情を布越しに見返すと連也は内心で舌打ちする。

ここまで来て厄介な騎士と当たってしまうのは、さすがに想定していなかった。

門番がいたせいで唯にここで足止めを頼めなかったのも痛かったが、ここで公開しても仕方がない。

最初から人数の少ない復讐だ、想定外に慌てていては成すことなどできない。


「・・・・・・ゲオルギウス」


後ろには下がれない状態で燐奈から逃げ切る、あるいは相手にせずに目的を達するのは難しいと判断して小声で武装を呼び出す。

時間が限られる中で情報のない彼女を倒さなければならない、それが果たして律羽にすら出来るかどうか。


燐奈が携える槍斧・別名ハルバードの刃は、先端が淡い空色で柄は全て白銀という妙な色彩のエアリアル・アームだ。


形状だけで能力が判断できないだけに時間のない状況では面倒この上ない。

きっと石動は裏道を用意しているだろうし、彼女に割ける時間は五分程度が望ましいだろう。


だが、その思考の隙間を縫って燐奈は仕掛けてきた。


律羽のような速度と初動の隙の無さが合わさった完璧な動きでも、唯のような戦場を駆け回る機動力とも違う。


「・・・・・・ちっ!!」


ただ、真っすぐに突き出した槍の穂先はただ一点を凄まじい速度で抉り取る。

辛うじて回避行動が間に合いはしたが、続けて払われる横薙ぎをゲオルギウスの右腕の装甲で辛うじて弾く。

火花と共に腕を伝う衝撃は、燐奈が重ねた練磨の数を思わせる熟練した得物捌きによるものだ。


さすがは彼女も英雄の教えを受けた者、容易く突破はさせてくれない。


律羽も才能に溺れずに努力をし続けたことは連也も知っているつもりだが、燐奈の突きと払いを使いこなす戦法は達人のそれを想像させる。

きっと律羽には才能では敵わないと知って、なお槍を鍛える方法に活路を見出したのだろうと思う。


「へえ、躱すねッ!!」


燐奈の振るう槍は変幻自在、エアリアルの性能を最大限に引き出した多彩な戦術は天空都市の技術に甘えた人間には決して至れない境地だ。

突きを躱せば斧に似た刃で叩き切られる、槍法に調整アジャストで変化を付けた槍術は見事と言う他なかった。


その連撃を連也は放出バーストを使用して回避、そのまま調整アジャストを組み込んだ稲妻型の機動で逃れる。


突きを真横に逃れ、奥行きを変更することで横薙ぎを避ける技法は彼女の前で見せるには危険だったが背に腹は代えられない。

彼女が振るった槍は十槍を数え、その全てを連也は捌き切った。


「・・・・・・二重放出バースト・レイン?」


連也の動きを見た燐奈は表情に明らかな動揺を見せた。

烈の飛び方を何度も反復した彼女であれば気付いてもおかしくはない。

加えて、あの技術は見た目を真似しても決して出来るものではなく、本人から教えられた人間であることは確実と言えた。

その事実に動揺するのも無理もないことだ、生徒達の中でそこまでの技術が習得できた人間の多くは既に生きていないはずだったのだから。


「・・・・・・キミ、何者なの?」


今までとは違って動揺を制御できないままの顔で燐奈は槍を再び構える。

相手が金銭等による怨恨ではないと気が付いたようで、本当に目の前の敵を潰していいのか迷いが生じたのだ。

烈を師と仰いだ者達にとっては彼こそが正義の象徴であり、その技は正義の為に使われるべきだと全員が願っていた。


それを得体の知れない者が扱えることは彼女にとっては受け入れ難いことなのかもしれなかった。

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