第91話:研究狂
「別に人を傷付けろなんて言わない。ただ、俺達が天空都市の生まれだってことを黙っていてくれれば助かる。今、それがバレると地上との交流も台無しだからさ」
「……わかりました。約束します」
「真実を明るみに出来れば必ず天空都市は変わる。その為にも協力してくれ」
我ながら物は言いようだと自嘲しながらも光璃を説得する。
別に天空都市の生まれだとバレようが、復讐を遂げることは不可能ではない。
しかし、復讐を遂げた後に無法者達の命を背負って破滅するなんて馬鹿げた死に方は御免だ。
復讐を完遂するには鏑木達の行いが連也以上に唾棄すべきが悪であった証拠を握っておくしかない。
「そっか、ありがとな。天空都市の皆を陥れようとしてるならルインと取引なんてしないだろ?」
「そ、そんなことは疑ってません!!」
身を乗り出す程に語気も強く光璃は冗談めかした連也の発言を否定した。
確かに彼女は
こんな復讐に直接関わらせて彼女の未来を壊すのは絶対にできない。
「まー、要は地上もクリーンな所と交流したいって感じみたい」
葵なりにフォローしてくれて、光璃もそれで納得してくれたようだった。
地上からの要望と言う体にするのは体裁を考えても悪くないアイディアだ。
これで完全に準備は整った。
後は石動教官に動力炉の場所を吐いて死んでもらうだけの話だ。
あの女は北尾と同じく絶対に自分の行いを悔いてなどいないはずなので、遠慮も憐憫もなく叩き潰せる。
復讐でしか連也は前に進めない男だ。
家族も師も同じ男達に奪われた憎しみの炎は容易く消えるものではなかった。
―――数時間後、真っ暗な部屋に連也の声が響く。
「ああ、準備はこっちも完了したから決行に移す」
『……お前にばかりやらせるのは気が進まないんだがな』
「俺がやらなきゃいけないんだ。根回しは任せたぜ」
いよいよ石動教官を殺す為の準備は整った。
方々から密かに情報を集めた努力の甲斐あって、居所も把握したので人目に着かない時間帯に決行する。
『わかってるっつの、こっちは抜かりない』
「よし……それじゃ、二日後決行だ」
復讐者達が段取りを全て完了させていた頃。
―――石動塁は施設内の一室でデスク前の椅子に腰掛けていた。
手にしたコーヒーカップの中身を呑み干すと瞬く灯りを眺め、今後について思考していく。
人造獣災の研究の為に彼女は寝る時間を削って研究に取り組んでいた。
教官として生徒を導く職業も嫌いではないが、彼女が天空都市内でそれなりの発言力を持つのは彼女が提唱する理論故だ。
人造獣災が完成すれば騎士の負担も減り、天空都市の運用を大幅に利便化してくれるはずだ。
重量の問題も解決した彼女の理論は鏑木にも評価され、存分に研究できる環境を与えられている。
研究は順調で彼女なりに天空都市に革命をもたらすことが出来ることには美酒にも勝る陶酔さえ覚えた。
だが、彼女には研究とも教官生活とも別に大きな懸念があった。
北尾道節が殺害された事件のことだ。
獣災の仕業とも言われる程の力で首と腕を折られていたと聞いたが、生きて帰った運転手は不審な車のパンクがあったと証言した。
目撃者となる可能性があった運転手を殺さなかったこと、北尾が隙を晒す瞬間を狙っていたことを考えると怨恨の線が強い。
北尾によって研究資金を受け取っていた石動にとっては他人事ではない。
そうして頭を過ったのは氷上烈を殺した件ではないかということだ。
「私達を恨む者がいてもおかしくない、か」
呟くと空になったコーヒーカップに視線を落とす。
念のために英雄の親友だった観島景の動きを探っても北尾が死んだ日に怪しい素振りは全くなかった。
芦原連也についても以前に調べさせたことはあるが、地上の人間が送り込んで来た人間なのは間違いないことしか確認できなかった。
そもそも芦原連也は北尾が死んだ日に、普通に往復したのでは間に合わない時間に学園にいたのを彼女自身が目撃している。
誰かが自分の命を狙っている、不思議とそんな予感があった。
だから、自身の教官室から姿を消す時は人目に付かないように移動している。
この学園から離れた地下研究施設で寝泊まりしていることは素性を洗いつくした研究員以外は誰も知らない。
「……私はまだ死ぬわけにはいかない」
彼女自身が天空都市に必要な人材だと確信して拳を握り締める。
この研究は彼女がいなくなれば凍結し、天空都市の未来を閉ざすことになると心から信じているのだ。
氷上烈を殺したことも不憫だとは思ったが、自身を悪だと思ったことはなかった。
全ての研究は天空都市の為にある。
石動は立ち上がると部屋の片隅にあるベッドへと身を横たえながらも微かに笑みを浮かべて見せた。
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