第90話:協定
「俺と手を組めば動力炉を探すのに協力する。ただし、天空都市自体を落とすのは見過ごせない。お互いに歩み寄ろうって言ってるんだ」
ルインの力が得られれば強力な戦力となるだろう。
光璃が戦闘員としての働きを期待できないので、数える戦力の連也・景・葵だけでは物量戦になった時に分が悪い。
特に石動教官が人造獣災を実用段階にまで進めていた場合は戦力の差は歴然だ。
ここで復讐を成功させる為に戦力増強を図るのは当然と言える。
北尾ですら場所を知らなかった動力炉を落とすには今のままでは戦力不足だ。
「・・・・・・それを受け継いだお前なら一度だけ信じてみてもいい。ただし、私を裏切ればお前の命はないわ」
エル・ラピスに目を注ぐとルインは思ったよりもあっさりと首を縦に振った。
「それでいいけど約束してくれ。それまで天空都市を襲わないで欲しい」
「わかった。それと・・・・・・これを持っていきなさい。動力炉を探す時に役に立つ」
ルインは自身のガラスを思わせる羽を一枚引き抜くと連也に差し出してくる。
この期に及んで連也を陥れる道具を渡すはずもないので素直に受け取っておく。
これで無事に天使型と人間との交渉は成立して、鏑木を追い落とす為の準備は完了したのだった。
本当にエル・ラピスを持っていたのは幸いだったとしか言えない。
あまり長居もしていられないとルインに別れを告げて、三人で飛空艇に乗って天空都市へと帰還する。
天空都市の動力源の場所を知っているだろう人間は現状では二人、理事長の鏑木始と教官の
だが、ルインが嘘を吐いているとは思わなかったが納得できていないことが連也の中にはあった。
確かに動力が
しかし、本当にそれだけであの巨大な島は動いているのか。
仮にそれだけで賄えるエネルギー量だったとしても、飛行をここまで安定させている力があるはずだ。
―――まだまだ天空都市には隠された謎がありそうだ。
「あの、連也さん・・・・・・」
考え事をしていた時、おずおずと掛けられた光璃の声で我に返る。
「どうした?まあ、聞きたいことだらけだろうけどな」
「連也さんは・・・・・・その、何者なんですか?天空都市の為に動いているのはわかりましたけど」
先程の会話を聞いていれば当然ながら、連也達が普通の学生ではないことには気付いてしまっただろう。
光璃の力を借りなければルインと今の段階で協力関係を結ぶことはできなかったのでリスクを背負うのは仕方がない。
光璃だけ引き離してルインと会話する方法もあったが、同族に聞かれたくない話でもあるのかと彼女は確実に警戒したはずだ。
ルインとの関係を悟られた時点で計画は瓦解しかねないので光璃はこちらに引き込むのが最良である。
「光璃、今から話すことは誰にも言わないって誓えるか?」
「・・・・・・はい、私を受け入れてくれた連也さんを信じます」
迷いなく頷いた光璃を見て決心し、葵にもアイコンタクトで了解を取る。
無論、復讐のことまでは話せないが一部の真実は語らなければならない。
「俺達二人はさ、本当は天空都市の生まれなんだよ」
「・・・・・・え、ええっ!?」
「驚くだろうけど本当なんだよ。昔に俺達はここから追い出されて地上に行くしかなかった。信じられないかもしれないが、今の理事長が俺達を含む住人を追い出した張本人だ」
「そ、そんな・・・・・・連也さん達は何か悪いことをしてしまったんですか?」
「してないよ、強いて言えば俺は氷上烈の弟子だったから邪魔だったんだろうな」
さすがに鏑木が烈を殺したとまでは断言しなかったが、光璃に話が出来るぎりぎりのラインがここだ。
復讐を企んでいることは告げずに、あくまでも天空都市の為に戦う者だと打ち明けて彼女を味方に引き入れる。
狡く最低なやり方だが、心優しい光璃を巻き込まない為にも死が天空都市を渦巻いていることを話すわけにはいかないのだ。
「天空都市は地上に比べれば狭い。だからこそ、皆で協力して生きていく為の場所なんだよ。権力や金を握って、その為に邪魔な人間を排除する・・・・・・そんな場所であっちゃいけないはずなんだ」
その気持ち自体には微塵も嘘はない。
天空都市の人々は協力し合って限りある資源を地上以上に分け合って生きている。
空に一番近い、夢や希望で満ちる場所が薄汚れた権力で汚されていいはずがない。
正しく真っ直ぐに生きる人間が損をする場所であってはならない。
「その為には鏑木理事長にはその座から引いてもらう。天空都市が生まれ変わるにはそれしかない」
「・・・・・・連也さんはその為にずっと?」
「ああ、天空都市ではそういうことがあるんだ。命を落とした人間だっている。光璃だってそんなことは望まないだろ?」
「はい、人がそうやっていなくなるなんて間違ってます」
唇を噛んで光璃は今までに愚生になった人間の死を悼む。
連也の言うことなら信じてくれる彼女に隠し事をするのは心が痛むが、復讐に完全に巻き込むには彼女は優しすぎる。
それに鏑木に恨みを持っていない光璃の手を汚させるわけにはいかない。
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