第88話:航行
その為にも事前に地上とは話は着けてある。
交流と言う体裁を保つ為に定期的に地上とは連絡を取ることが許されており、必ず教官が監視することが義務付けられていた。
最初の内は他の教官が立ち会うことも多かったが、景に今回は立ち会わせて最終的な手はずを整える。
北尾が以前に口にしたように、天空都市には鏑木達に命を狙われて実質的に追放された者達が存在するのだ。
彼らは天空都市の人間である証拠を提出し、天空都市は必ず地上との交流を望むと断言して地上の一部を長い時間をかけて動かした。
逃亡に使った飛空艇が持つ探知機能を解析したことで、天空都市は場合によっては地上から観測されるようにもなったわけだ。
そこまでに地上が至るのを連也は待っていた。
地上から交流を試みた結果として、あの海岸に天空都市がわずかな間だけ姿を見せることを葵と共に心待ちにした。
地上の学校に通う楽しみもあったが、他の人間に家族がいることを意識させられると共に憎しみは空の上に向けられたものである。
ようやく、天空都市の核に手が届くかもしれない。
恐らく
―――三日後、天空都市には久しぶりの雨が降った。
緩衝膜を抜けて雨が降り注ぎ、その中を天空都市は雨水を適度に排出しながら飛行を続けている。
強めの雨が透明な膜に阻まれて勢いを失う様は地上では絶対に見られない光景だ。
律羽との約束通りに雪を見せるわけにはいかないが、これはこれで趣深いものがあった。
雨が少なかったこともあって作物作りを手掛ける農家はさぞかし喜んだはずだ。
天空都市と言えど水がなくては産業は回らず、大地が乾燥すれば弊害も出てくる。
同時にそれは三人にとっての決行日でもあった。
「セキュリティーの解除は十五分が限界だ。戻ることも考えると一回辺り七分、さっさと行けよ」
景の忠告に従いつつ、光璃には手配した汎用性エアリアルで脱出する。
多少の雨ならば問題ないが、万が一を考えて燃料部へ雨が入らないようにガードの役割を果たす部品も手配済みだ。
この気候であまり高度を下げ過ぎるのは危険と判断して付近の浮島まで飛んで着陸する。
真下から降下する形で着陸したので天空都市から見られてはいないはずだ。
森を潜ると、そこには予定通りに小型の飛空艇が待機していた。
「久しぶりだな、二人とも。乗ってくれ」
飛空艇では技術者だった天空都市の元住人、中年の髭面の男が操縦していた。
地上では会っていたので再会の喜びも程々に連也達は飛空艇に乗り込んだ。
無機質な白色の壁に囲まれた室内は元から客を迎える想定はしていない簡素な内装しか施されてはいなかった。
それでも据え付けの長いソファー程度は設置されているので三人で腰掛ける。
「そういえば、律羽はどう丸めこんだの?」
「地上との定例報告だって言っておいたから大丈夫だろ。それより光璃は本当に良かったのか?」
「私は天空都市の皆さんと
唇を噛んで俯く光璃を見ると、自分にも他人にも戦いを望まない彼女の優しい気持ちが伝わってくるようだ。
葵もその気持ちは感じ取ったようで優しい眼で彼女を見つめていた。
「目的地まではどれぐらいなんだ?」
「この速度なら三十分くらいでしょうか。具体的には言えなくてごめんなさい」
「いや、いいよ。着いてきてくれただけで十分に助かってるから」
「ルイン、私の話を聞いてくれるといいんですけど・・・・・・」
やはり面識があると言っても過去のことなので不安に感じる所はあるらしい。
相手が戦いを望むのならば三人で相手をするわけで、光璃がそんな展開を望まないことはよくわかっている。
無論、連也とて自ら戦いを仕掛ける気は到底ないが備えは怠るべきではない。
「やれって言ってるわけじゃないけど、光璃もやろうと思えばルインと同じような戦い方もできるのか?」
「はい、連也さんに見せた時の姿になれば・・・・・・」
光璃は気まずそうな顔をするが、別に姿自体が化け物になっていたわけでもない。
あくまでも人間の姿のままで人知を超えた力を振るっていただけで、その姿に嫌悪など抱くはずもなかった。
緑色のガラスの羽のようなものが透けていた光景は、むしろ。
「・・・・・・あれか、綺麗だったよなぁ」
「き、綺麗だなんて・・・・・・私なんか」
かあっと耳まで真っ赤にしてて恥じ入る光璃。
「またそうやって、ナチュラルに口説くんだから。わたしもそれでやられちゃったんだよね」
「葵さんは連也さんのことを、その、好き・・・・・・なんですか?」
「あ、改めて言うと照れるけど・・・・・・昔からずーっと好きだよ」
「俺の前でする話じゃないだろ。それに葵、人聞き悪すぎだぞ」
そんな会話を窘める外で飛空艇は空を進んでいく。
外の雨が窓を叩き、どんよりとした空がすぐ手を伸ばせば届く位置にある。
復讐の完遂が現実的になってきた所で今日の天使型から情報を得られるかどうかは非常に重要だと言える。
逸るなと言い聞かせ、落ち着いて頭を回転させる。
人を殺すだけの存在ならばどうしょうもなかったが、話し合いは通じるはずだ。
そうして、飛空艇はしばしの航行を経て目的地へとたどり着いた。
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