第86話:復讐者の決意

部屋に足を踏み入れた光璃は遠慮がちに周囲を見回し、連也は近くにあった椅子に身を落ち着けると彼女にも座るように促した。

椅子を勧めたつもりだったが、律儀に頭を上げた後にベッドに腰掛けた彼女を前にどう切り出すかを迷った。


しかし、先に口を開いたのは光璃の方だった。


「ごめんなさい。私……どうしても言えなかったんです」


その言葉が自分の存在のことを言及しているのだとすぐにわかった。

だが、そのことを連也が責めようはずもない。

そんなことより重大な事実を隠して天空都市に来た連也が彼女を責め立てる資格などありはしないのだから。


「謝らないでくれよ。俺は光璃と図書館で話してた時は本当に楽しかった。光璃には天空都市をどうこうする意思はない。それだけで十分だろ」


「……でも、私は人間じゃなくて」


「光璃が嫌じゃなきゃまた本を読みに行くよ。それじゃ、ダメか?」


光璃は今までに何も事件を起こさなかったし、あの襲撃の際も内部から崩壊させることも可能だったのに動かなかった。

何より連也にとっては彼女と一緒に過ごした時間は、つい寝顔を見せてしまう程に安らげるものだったのだ。


天瀬光璃のように人間とは違っていたとしても、心の清らかな者には救いがあるべきなのだと思う。


「連也さん。ありがとう、ございます」


目を潤ませた彼女はようやく連也が本心からそう言っている事実を受け入れた。

もし連也が告げた言葉で少しでも彼女が救われたのならば言うことはない。


そんな無垢な彼女だからこそ、妙な質問をしてしまったのかもしれない。


「光璃、一つ聞いてもいいか?別に光璃に直接関係することじゃないんだけどさ」


「はい、何でしょう?」


きょとんと首を傾げる光璃に連也は少しだけ躊躇った後に質問を投げた。

復讐心に従って命を奪い続けることは出来るが、迷いの中で成し遂げれば必ず後悔することになる。

芦原連也は復讐者だ、と自分の中でも納得した上で天空都市に反逆すべきだろう。


「昔のことなんだけどさ、光璃はもしも誰かのせいで大切な人が亡くなったら手を下した人間を許せるか?」


「……許せないと思います。しっかりと罪を償って欲しいです」


「それなら、その人間が心から悔いているとしたら?」


踏み込んだ質問ではあったが、光璃は真剣な表情で考え込む。

今まで連也が復習に躊躇うことがなかったのは、相手を殺すことに罪悪感を覚えないように長年かけて自分の中に刷り込んできたからだ。

獣ですら命を無意味に奪うべきではないが、あの者達はは別だと。


だが、架橋昴だけは下手人達の中では真っ当な心を持っている方だった。


「……私なら、生きて償い続けることを望みます」


「………そうか、ありがとな。過去の話だけど結論が出なかったことだからさ」


「はい、何かあればまた聞いてください。お友達の相談には乗りたいです」


結局の所は連也は変わることができないのだと、彼女の返答を聞いて不思議と納得がいく。


気合い十分の光璃の返答を聞いて、連也の中で答えが実を結ぼうとしている。

許すべきか殺すべきか、その結論は結局の所は初心に帰すべきだったのだと教えられるものだった。


忘れるところだった、芦原連也の成すべき目的を。


架橋ともう一人のことは次で片を付けるとしよう。


大規模な襲撃の後に景教官から告げられたのは秘密裏に行われた試験の結果で、浮島での任務の時に連也が追った人間の血液の調査結果だ。

思わぬ架橋との出会いによって悩む羽目になってしまったが、今はそちらを先に処理しておくべきだ。


結論が出た今、光璃が帰った後も頭を巡るのは次の復讐のことだった。


浮島で回収した血液の正体は人造獣災を研究していた石動教官その人である。

しかし、彼女を殺すには簡単に一人になってくれた北尾とは違う。

多くの場合は学園の中に寝泊まりする彼女は、家に戻る際も人通りの少ない場所はまず通らない用心深さだ。


「北尾の時ほど簡単には行かないだろうな」


戦いの合間に景に動いて貰って細工はしたが、あの仕掛けだけで復讐が完璧にいくとは思ってはいない。

石動教官はエアリアルの技術も持っている優秀な教官なので時間を稼がれることは十分に想定できる。


だが、ここまで来れば勝算は十分にある。


彼女に本懐を遂げるには葵の協力が必要不可欠になってくるだろうが、絶対に復讐は成してみせる。


「次はお前だ、過去をたっぷり後悔させてやるよ」


清き人間には出来る限りは手を貸し、悪しき人間には死を。


他の二人を殺す分には躊躇いは一切なく実行できる自信はあったし、英雄が使っていた武装で命を刈り取れるのは僥倖だ。



かくして、復讐の二幕はようやく幕を開けた。

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