第85話:贖罪


この男は連也達の隠した素性を知らないはずで、この場で自分が犯した罪を告白する意味はどこにもない。

だが、自分が悪事に加担したことを告げると深く深く墓標に頭を垂れる。


「・・・・・・後悔、してるんですか?」


葵が堪りかねたように訊ねる。

烈を師匠として慕っていた彼女にとっても復讐すべき存在の中に贖罪を求める人間がいるとは思っていなかったのだろう。

連也もこの男の言うことをすべて信じたわけではないが、この光景を信じたくなかったのも事実だ。


「後悔してるさ。あの日に起きた出来事を聞いて、オレは自分が今でも許せない。愚かにも嫉妬していたんだよ。空に愛された才能と人望に」


「・・・・・・そんなことで、人の命を?」


「・・・・・・芦原君の言う通りだ。最近はここに来ても言葉が出ないんだ。謝罪も何度もしたものだが、せめて彼が願った天空都市の平和には貢献したいと思っている。君達はまだオレを英雄の後継者などと思っていないだろうからね、知っておいて欲しかった」


仮にも天空都市に名の知れた男が誇りさえも塵芥の如く捨て去ったように、ただ無心で祈り続ける。

公表しようとしても鏑木達に潰されるだろうが、この場所で全てを曝けしてただ膝を着いて己の罪を悔いるだけの男だ。

それが偽りでないことはその静かな瞳とおぼろげな記憶からすると随分と痩せた頬を見ていればわかる。


「・・・・・・・・・ッ!!」


彼の力のない背中と震える肩から連也は目を逸らす。

架橋昴の罪は何年経とうが許されるものではなく、この命を奪い去ることに躊躇いはないはずだった。

だが、目の前の男の様子を見るとその復讐に捧げた心が揺らぐのを感じる。


弱きを救い、人々の祈りを守れと烈に言われてきたことが初めて今回の復讐に影響を及ぼそうとしていた。


こうして、来る日も懺悔して祈ってきた男は他の人間と違って救いが与えられるべきではないのか。

しかし、鏑木一味を絶対に許せない黒い感情はそれでも消えはしない。

優秀な騎士である架橋昴さえ動いていれば、烈はほぼ確実に助かったのだから。


「もし、英雄の復讐をしようと言う人間がいたらどうしますか?」


半分無意識に連也が呟いた言葉に架橋は顔を上げた。

その眼には悲しげな色が宿っていて、連也の発言を不審に思った様子もない。


そして、彼は淡々と迷いなく告げる。



「オレの命で贖えると言うのなら、それも仕方がないな」



その後、連也は部屋に戻ってくる途中にずっと復讐について考えていた。



葵とは寮の中で別れて、一人になってベッドに転がる。


止めるのは有り得ない、北尾を殺したことにも後悔は全くないのだ。

目の前で兄のように慕った男を、家族を、親類を、全員殺された姿を見せ付けられた者の怒りはこんなもので収まるはずもない。

加えて惨劇を生み出した人間が恵まれた人生を送っているなど許せるものか。


今までは相手が血も涙もない獣だと知っていたから、躊躇いもなく手にかけることが出来た。


だが、今回の相手が少なくとも己の罪を悔いていることは事実だ。

頬がやつれるまでに罪を意識し、自分の命さえも奪われても仕方がないという男を見て、相手が心ある人間だと意識してしまった。

最低限の心を備えた人を殺すのはいかに連也でも罪悪感がある。


怒りと迷いで胸の中も頭の中もぐちゃぐちゃだった。


「何を迷ってるんだよ、俺は・・・・・・」


吐き捨てるように呟くが、それでもモヤモヤは消えてくれない。

言われるまでもなくわかっている、今更になって止めることなどできない。

躊躇いなく殺すべきなのだ、本人が受け入れるのならば望むままに罪を償わせてやるのも優しさだ。


だが、本当に命を奪うことが最大の贖罪なのか。


それは単なる連也の自己満足ではないのか。


答えの出ない自問自答を繰り返し続けていた時、ドアが控え目にノックされる。

葵の受け売りではあるが、律羽でも岬でもないノックの音に心当たりはあった。


ドアを開けると、そこには天使型アークの少女である天瀬光璃が立っていた。


普段の制服とは違って、シャツとハーフパンツの普段なら目に毒な光景だが今はそんな気分でもない。


「どうかしたか?とりあえず入れよ」


彼女はまだ連也が自分を受け入れてくれるかが心配だったようで、少しびくびくしている光璃に出来るだけ優しく声をかける。


「え、と・・・・・・いいんでしょうか?」


「いいよ、俺達は友達だろ?」


内側に抱えるモヤモヤを彼女に悟らせて嫌な気分にさせるのも不憫だ。

用件は何となく察する所はあったものの、連也は一度心の奥底にしまい込むことにして彼女を部屋へと迎え入れた。

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