第84話:四人目
「へ、変な言い方しないで貰えるかしら。確かに芦原くんには助けられたし、尊敬できる所があったのは認めるわ。でも、
「なるほど、そういうことか。でも、連也は律羽に嫌われてるかもって相談に来たんだけどね」
嫌われているとは全く思っていないが、多少は極端に言った方が本音で話してもらえるかと空気を読んで黙っていた。
「き、嫌いなわけないでしょう。それだけは言っておくわ」
「じゃあ、なんで避けてたの?まさか、顔を見られなかったとかじゃないよね?」
葵が非常に楽しそうなので放っておくことにして、冷静な連也は次第に赤くなっていく律羽の顔を観察していた。
連也と目が合うと、更に赤くなって目を逸らすのを見ていると飽きない。
だが、深呼吸をして強い意志を瞳に取り戻した彼女は葵と連也の顔を見渡して、覚悟を決めたように語り始める。
やたら早口で、彼女にしては珍しくまくしたてるように。
「ええ、そうよ。悪かったわね。誰かとまともに飛んだのなんて初めてだったし、あんな風に全部受け入れられたら少しは意識するに決まってるわ。正直、魅力的だと思ったわよ。顔を見れないのも当たり前でしょう!!」
「……うわっ、律羽が壊れた」
「まあ、要するに好かれてるって思っていいんだよな?」
「まー、いいんじゃない?今のは告白みたいなもんでしょ」
言いたいことを言い終えてスッキリした様子も束の間、このわずかな時間で自分が何を言ってしまったのかを思い返したらしい。
さーっと青ざめる律羽は予定以上のことを勢いで吐き出してしまったと見える。
「わ、私は……今、何を?」
「そっか、それならよかった。俺も律羽のことは好きだぞ」
「えっ……あ、ありがとう。それじゃ……今日は帰るわ」
彼女に好意を抱いているのは間違いないので素直かつ爽やかな笑顔で返す。
冷静な仮面を失って慌てふためいた律羽が選んだのは潔い程に潔くない逃走だ。
誇り高き騎士長は恋愛面においては不慣れであり、連也は彼女がバタンと扉を閉めて遠ざかっていく速い足音を聞いていた。
「……これって、どうなったの?」
「別に付き合おうって言われたわけじゃないだろ。それに俺が黙ってたら迷走しそうだったしな。さて、そろそろ出発するぞ」
「ああ、そういえば出かけるんだったっけ」
「……お前、忘れてただろ」
朝の段階で言っておいたのだが、ベッドを占拠してぐだぐだと体を休めている間に葵の脳内からは用件が消え失せていた。
今日、律羽を誘わずにこっそりと出かけるのは葵しか連れていけない場所に向かうからだ。
モノレールを使って向かった先はあの日から大きくは変わらない、丘の頂にある場所だった。
ここは氷上烈という英雄が眠る墓地だ。
整備された芝を踏み締めて、連也と葵は階段を上って丘の上へと向かっていく。
麓で祭りが行われるときには英雄を称えて多くの人々が訪れるらしいが、普段は午前中に訪れれば人はいない。
二メートル程度はあろう墓標には偉大なる英雄の名が刻まれて祀られる。
「今も人々に崇められているのは多少は救いなのかもしれないな」
「……うん。やっと戻ってきたんだね、私達」
これが本当に英雄を惜しむ気持ちで建てられたのならばどんなに良いだろう。
英雄が失われた悲劇を繰り返さないように、と死後に掲げたのは罪のない人々ではなかったのだ。
あろうことか殺した人間たちが、その罪を塗り隠して天空都市を掌握する為にその文句は使われることになった。
自分たちで烈とその一族を殺しておいて、何の反省も後悔もなく。
もしも彼らが心から悔いているのであれば連也とて命を奪わないように腐心したかもしれない。
あの中に誰一人として悔いている人間などいない。
「……それにしても、久しぶりだな」
死者の前に憎しみを語るのは違う。
気持ちを落ち着けると連也は墓標に向かって語り掛ける。
兄のように、師のように、温かく烈は二人にエアリアルの扱い方と人を守る為に使う心構えから教えてくれた。
同時に烈は心から尊敬できる技術と信念を持った憧れだったのだ。
せめて、人々が彼を覚えていてくれることが救いだろうか。
そう、考えていた時だった。
この時間にも関わらず階段をゆっくりと登ってくる足音が聞こえた。
そして、見えたのは烈に次ぐ騎士と言われていた存在。
「……架橋昴さん、ですよね?」
連也は押し殺した気持ちを抱えながら丁寧な口調で話しかける。
「ああ、そうだ。君達は地上から来た二人だったか?」
「はい、英雄の墓があると聞いて一度はお参りしておこうかと思ったので」
どこか儚げにも見える線が細い青年、それが現代の英雄とも一部では呼ばれている男の意外な第一印象だった。
穏やかなやり取りの裏では連也は拳を握り締めて怒りを堪えていた。
―――よくも、この墓標の前に立てたものだ。
この男はあの日、烈を助けようと駆け回った葵からの要請で動かなかった。
他の戦場にいたならともかく、最も戦力が集中していた烈に助けも寄越さずにいた獣以下の男だ。
その後から得た情報で架橋が鏑木理事長達に加担していたこと、後に大金を受け取ったことまで判明した。
そんな男だと知っているからか、普段は人懐っこい葵の表情も険しい。
「架橋さんはずっとこの場所に来ているんですか?」
だが、この場で命を奪いたい衝動を抑えて連也は聞く。
「暇さえあれば来ているよ。オレは彼の命を奪ってしまった人間だ」
「……えっ?」
「当時から罰してくれと直訴したんだ。しかし、オレから情報が漏れるのが怖かったようで、今では大半が外への任務だ」
架橋は目を伏せるとあっさりと己の罪を認めて墓石の前に膝を着く。
内側に渦巻く怒りが目の前の光景を、悔いている人間がいるかもしれないことを受け入れるのを拒む。
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