第83話:終わりと始まり
今は景のことを考えている暇ではないし、あの男ならば必ず上手くやるだろう。
当面の問題は司令部の目線が上手くこちらに向いてくれるかだ。
しかし、それは懸念だったことをすぐに連也は知る。
遠くの空からは飛行する騎士達の姿が見えたからだ。
あれは燃料補給の時に聞いた増援であろうことは明らかで、その増援とは蒼風学園が創立される前からのエアリアル使いである“騎士団”の人々だ。
エアリアルに関する知識を若い内から取り入れて育つ装空騎士よりもセンスや数では劣るが、熟練したエアリアル操作で実績は数多い。
そして、それを率いる男のことは連也も名前はよく知っていた。
「・・・・・・
観島景と並んで氷上烈の次点とされていた騎士の名で、今は遠方への任務を主体として活動しているようだが戦況を見て駆け付けたらしい。
今も天空都市の平和を守る為に尽力しているとされ、学園側からの信頼も厚い優秀な騎士だと言う。
ようやく役者が揃った、と連也は密かにほくそ笑んだ。
同時に現代の英雄の出現はこの戦いの終わりを告げていることにほぼ全騎士が気付いていただろう。
「もうひと踏ん張りよ。生きて帰る為に頑張りましょう!!」
律羽は騎士達の気の緩みを抑える為に戦場を駆け回って指示を出しながらも更にアイオロスを振るっている。
あれだけ消耗していたのにエアリアルの持久力と彼女の精神力は再び戦えるまでに辛うじて回復を見せていた。
人々の為に戦い続けて希望を与える神話的存在。
彼女が望みさえするのなら、月崎律羽こそが烈の後を継ぐに相応しいのだと心から連也は思っている。
――—そう、偽りの英雄など天空都市には要らない。
戦況が完全に有利に展開したのを確認すると連也はエル・ラピスを携えて戦場を後にした。
少しだけ時間があるのならば、復讐の為の準備は今から始めよう。
かくして、連也の戦いは終わり。
復讐者としての新たな戦いが再び幕を開ける。
戦いが終わった後の事後処理は特に連也には影響を及ぼすことはなかった。
エル・ラピスを連也が使用したことは当然ながら上には知れることとなったが、光璃が口を利いてくれたおかげで事情聴取程度で済んだ。
何よりも英雄のエアリアルを使って戦果を挙げたことは、天空都市にとっても喜ばしいことであるようだった。
結果、エル・ラピスは貸与という形での使用が認められたのだ。
そして、戦いを終えた連也は葵と一緒にのんびりと自室でくつろいでいた。
律羽はここ数日は忙しいらしく、珍しく授業中でも眠そうにしていることがある。
「なーんか、襲撃があったって嘘みたいだよね」
「まあ、いつまでも怯えてるよりはいいだろ。そういえば、お前に相談があるんだけどいいか?」
「珍しいね、どしたの?」
連也のベッドを占拠している葵は足をパタパタさせながら、暇そうにしていたので気になっていたことを確認してみる。
結果として追い出された連也は近くの椅子で読書をする羽目になっていた。
「女子が喧嘩をしたわけでもないのに距離を感じる時ってどういう場合があるんだ?その辺りには詳しくない」
「それで、何が起きたの?どーせ律羽のことでしょ?」
葵との共通の交友関係と言えば律羽ぐらいなので、悟られるのも当然か。
「話はしてくれるんだけど、何かたまに余所余所しいんだよな」
「怒らせちゃったわけでもないし、バレたんじゃないよね?」
「ああ、それは絶対にないな」
葵が言っているのは復讐のことだろうが、律羽にあの戦いでの出来事が露見したとは考えられない。
エル・ラピスからも連也の正体は割り出せず、あの後に動いたのも地味な根回しだけだったので特に勘付かれたとも思えない。
それに嫌われたという態度でもないのはわかっているつもりだった。
「ふーん・・・・・・」
葵が怪訝そうな顔をした時、部屋をコンコンとノックする音が聞こえる。
「丁度いいじゃん、本人に聞いてみれば?」
「お前、ノックだけでよく律羽ってわかるな。俺も何故かわかるけどさ」
そして、ドアを開くと二人の勘の通りに立っていたのは律羽だった。
今日は何か不審な点がないかと、じっと見つめると視線をふいと逸らす辺りも以前の律羽とは違う点だ。
「・・・・・・上がってもいい?」
「ああ。葵もいるけど、それで良ければな」
律羽を迎え入れると葵はベッドの上のスペースを半分だけ律羽に譲った。
女子の客人を迎え入れたにも関わらず、男のベッドに寝転がるのを勧める人間を連也は初めて見た気がする。
「それで何か用か?」
「改めてお礼を言いに来たのよ。あなたにも葵にも本当に助けられたから」
「わたしは大したことしてないって。連也なんか大活躍だったって聞いたし」
「葵がいなければ戦況はわからなかったって燐奈から聞いてる。ありがとう、助かったわ」
まずは筋を通す律羽らしい訪問理由だったが、何故か少し落ち着かない様子が見られるのが気にかかる所だった。
「・・・・・・律羽、何か隠してないか?」
そこにあえて突っ込むと案の定、図星の顔をしていたので近くまで寄ってみる。
眼が合うと何故か顔を赤くして所在なさげに膝を擦り合わせた。
その様子を見て葵は何かを察したかのように、にやーっと愉しげに笑うと律羽に擦り寄っていく。
「何か心境の変化があったようですなぁ、律羽どん」
「・・・・・・べ、別に何もないわ。少し見直したというだけで。それに何よ、その口調」
「いやー、ついに律羽も堕ちたかって思うと感動しちゃってさ」
葵には律羽の気持ちが完全に分かるようで、律羽も否定する言葉が弱々しい。
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