第82話:連風
速度では到底及びはしないが、空間ごと予測を入れて薙ぎ払う。
今まで点でしか捉えられなかったが、新しい力によって相手が多少逃げようが圧縮に巻き込めるようになった。
そして、その攻撃に合わせて律羽が上空から奇襲する。
先程の会話は律羽が奇襲の準備をしていたが故に聞こえてはいまい。
ゲオルギウスの新しく手に入れた空間制圧力に、アイオロスの強襲性能。
天空都市最高クラスの連携を相手にするのはいくら
律羽には経験が足りず、連也には最後に立ち塞がる決定的なセンスが届かず、今の二人では単騎性能は英雄には及ばない。
だが、二人なら届かなかった空へと手が届く。
互いにアイコンタクトだけで先の行動を察し、どちらが主体となる攻撃を仕掛けるかを判断してもう一人がそれに合わせる。
相手を見て、己を見て、空を自由に舞う高揚は戦いの中だというのに連也の胸を満たしていく。
そう、人が届かないから空に憧れた。
心に響く程に美しくて、その空色には心に響くものがあって、人のスケールの小ささを感じさせるような神秘が自分の上に広がっていることに感動さえ覚えた。
その舞台で今は律羽に全てを預けて跳んでいる。
故に、最後の攻勢を仕掛ける隙も二人同時に見えていたに違いない。
月崎律羽が連也の作った隙を逃すはずがない、と信頼することで天使型を彼女の狙い易い場所へと追い込む。
緑色の輝きを放ち、空中で自由自在に回避するルインはゲオルギウスとエル・ラピスの複合技ですらも傷を負うことなく回避し続ける。
その飛翔は一点の淀みのない、空に祝福された存在だと確信できるものだ。
「………ちっ!!」
受け切ることでさえ腕に負担がかかる規格外の存在を倒すのは今しかない。
研ぎ澄まされた翠刃をエル・ラピスで逸らして回避、そのまま左手に剣を持ち替えて拳を握る。
ゲオルギウス本来の圧縮、それはわずかに動きが鈍ったルインの羽を一部だけ霧散させることに成功した。
高速で舞う飛空物体がバランスを失えばどうなるかは自明の理で、ガクンと飛行の軌道がずれてルインは体勢を立て直すには二秒程度を要した。
―――その二秒があれば十分だった。
アイオロスを纏った律羽は一瞬を駆け抜ける。
鋼の翼を広げ、一撃はルインをして逃さない程の速度でついに補足する。
「………ッ!!」
さすがのルインも乾坤一擲の強襲に対しては微かに表情を歪め、手にした剣を構え直して迎撃体制だけは間に合わせる。
だが、律羽とは付き合いの長さは葵には到底及ばないが、彼女を個人的な好意故に気にかけていたので在り方は理解したつもりだ。
こういう時に彼女が取るだろう行動も何となく予測はできた。
この場面で彼女がただの一撃を振るうはずがない。
それはアイオロスの周辺に纏われた蜃気楼のように密集したセルのエネルギーを見れば簡単に理解できる。
普段のエネルギー消費に加えて、二重に大量の消費を促すことで彼女は何かをしようとしている。
放たれる一振りは、まさしく彼女の切り札だった。
「———
翼型のエアリアルが吸収したセルが燃焼されてエネルギーとなり、律羽の周囲が揺れて見える程の放出量を誇る。
それをエアリアル本体のセルの燃焼と重ねて二重のエネルギーを一瞬で炸裂させるのだと連也は極限の一瞬を見抜く。
本来なら有り得ない、セルの放出エネルギーを更に練り込んで放つ奥義。
瞬間、発生した暴風は最早エアリアル・アームの生み出す破壊力の域をとうに超えていた。
その瞬間出力だけなら烈と並ぶかもしれない至高の一撃は、その場の空間が弾け飛んだかのように嵐を発生させながら振り抜かれた。
風が荒れ狂い、彼女の目の前を全て押し流す。
一瞬の嵐が収まった後に残ったのは、二人と……ルインだった。
「……そっちはさっき聞いた。お前、聞いていなかったけど名前は?」
「芦原連也だ、しっかし今のを凌ぐかよ」
攻勢を凌いだと言っても全身に傷を負っており、纏っていた黒い衣服も袖から避けていて酷い状態だ。
そして、まるで人間のように血液が半身を濡らしており、明らかに軽い怪我で済む損傷ではなかった。
「今回は退く、お前達は強いわ」
ルインはまだ戦闘可能な状態ではあっただろうが、あっさりと納得したように撤退を宣言する。
逃がすかは迷ったが、律羽は今の一撃の反動から完全に回復するには時間がかかるだろう。
ここでルインを引き留めても完全に勝ち切れる保証はどこにもない。
「私は今回は何もしない、また会いましょう」
そして、ルインは宙をトンと踏みしめると遥か遠くへと飛翔した。
軽く飛んだ程度でもあれだけの速度が出るのかと、今更ながらに自分たちがどんな敵と戦っていたのかを思い知って辟易する。
何にせよ、戦場に現れた巨大な戦力を退かせた末に戦況はこちらに大きく優位に傾いたはずだった。
「……残りの敵を早く掃討しましょう」
律羽はまだ呼吸が戻らない内に次の敵へと向かおうとする。
だが、彼女に対して連也は首を振った。
「お前は少し休んでいた方がいい。右には観島教官、左には葵が行ってるから戦況が悪化することはないはずだ」
「……でも」
「お前はよく戦った。責任感が強いのはいいけど無理しすぎ、自分のことも考えろ。その為に俺が来たんだ、安心して休んどけ」
「……わかったわ」
「空が自由だって言ったけど、お前だって自由なんだ。それに律羽が傷付いたら俺が一番に泣くからな」
ふんと鼻を鳴らした連也を律羽は心なしか、ぽーっとした表情で眺めていた。
それに多少の引っ掛かりは覚えたが、今は悠長に話をしている暇もない。
恐らくは戦場も右から順に片付くだろうし、律羽を欠いても何とかなるレベルの増援も近付いているらしい。
後は時間を稼ぐだけでも騎士側が戦場を支配するようになるはずだ。
何より、天使型が退いたことで多くの個体が離脱を始めたことが大きかった。
負担の軽い右の戦場が片付けば、景が動けるようになる。
今は天空都市の為に戦っているが、復讐心を忘れたわけではない。
次の復讐の準備はこの戦いの間に完了するのだから。
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