第81話:疾風迅雷



だが、彼ら……あるいは彼女らの一人は戦況を眺めて歯噛みして己を奮い立たせ、一人は天空都市に訪れる影に恐怖した。


浮島と思われた数十メートルはあろう影、それが咆哮を上げたのだ。


まるで亀を思わせる形状で空を進む異形は戦線を支え続ける一部の騎士を絶望させるには十分だった。

現れたのは三体、そこに割ける戦力が少ないことは明白だった。


騎士達は次第に負傷し、強大な影に威圧されて戦意さえも失っていく。



誰かの祈りが木霊した。



誰か助けて、力を貸して、と。



必ずしもそんな無力な祈りを届ける程に世界は人に優しくはない。

都合の良い英雄もヒーローも間に合わずに、あっさりと死を振り撒くことが往々にしてあるものだ。



それでも、祈り続けるならば。


水のごとく、雷のごとく、影のごとく。



―――復讐者達は駆け付けた。



「いつまでも、中央で指揮してる場合じゃなさそうだからな」


右の戦場には教官であり、英雄の親友だった男が水色に透き通った槍型のエアリアル・アームを装備して立つ。


「さてと、反撃開始っ!!」


左の戦場には全身に放電現象を発現させた、復讐者の相棒が双刃を構えて臨戦態勢を取る。


そして―――



「待たせて悪かったな、律羽」


英雄のように、人々の祈りを拾い上げるように。

中央の戦場には地上から来た少年が現れていた。


「芦原、くん・・・・・・?」


律羽の視線を受けつつ、連也から見れば天使型アークという情報しかない少女に険しい目線を向けて対峙した。

戦い抜いた律羽も驚異的だが、それをここまで限界ぎりぎりまで追い込む時点で敵の実力は伺い知れる。


「芦原くん。早めに彼女、ルインを突破しないとあの巨大な個体が―――」


「ああ、それなら問題ないだろ」


焦った声を上げる律羽に対して、連也は小規模な浮島に見える程の個体を見上げるとあっさりと告げる。


「そいつなら、先に倒してきたからな」


そして、手にした紫色の剣型のエアリアル・アームを握り直した。

その瞬間、巨体が切り裂かれて地へと落下しながら徐々に塵へと変化していく。

今までの連也になかった強大な破壊力の正体が手にした剣によるものだと律羽も既に察しているはず。


だが、ここで戦場を優位に運ぶ為には絶対条件が存在する。


「お前、それ・・・・・・受け継いだのね」


ルインがエル・ラピスに向けて視線を向けて、懐かしむように目を細めた。

色が変化していたとしても記憶している、それだけ氷上烈と戦いを交えた敵と言えば連也が知っている限りでは一体しかいない。

その外見を見た時から妙な既視感に襲われていた原因にようやく確信が持てた。


烈が亡くなった日、最後に戦いを交えた天使型アークが彼女だ。


烈の死の原因の一つがルインと名乗る個体なのかもしれないと思うと心がざわめくが、一つだけ確認しておきたかった。


「あの男、強かったわ。不完全な状態で私を退けた勇士。だから・・・・・・あの人間達は本当にくだらないことをした」


「くだらないこと・・・・・・って、烈を殺した奴らのことか」


「そう、空に近付いた人間は評価するべき。あの時、周囲に潜んでいた奴らは全員殺したわ」


やや言葉が足りない天使型が言うには、あの日に戦い抜いた烈を彼女なりに畏敬の念を持っていたようで最終的にも殺す気まではなかった。

あの時に物陰から烈を殺した人間達の残党が連也を一斉に襲ってこなかったのは、彼女が残党を全て殺したからだったのだ。

連也の記憶と彼女の言っていることは断片的だが、しっかりと合致したので鏑木達よりはこちらの方が余程信じられる。


「約束してもいいわ。何もしない人間には手を出さない、誰も殺さない。だから、余計な手を出さないで」


「それを信じる程、俺達は仲良くしてたわけじゃないだろ。要するに俺達は戦うしかない」


彼女が前線に出てきたということは侵攻の意志があるということで、彼女にその意思がなくても立ち塞がる者がいれば犠牲は出る。

今は復讐者であるといても天空都市を守らなければならない。


「わかった、それじゃ・・・・・・力尽くで行くわ」


感情が薄いように見えたルインが微かに苛立つような色を浮かべたのも一瞬のことで、彼女はようやく人間を相手に本気になった。

目の前に立っているだけで人間では無理だと思わさせる威圧感が響いて来る。

人がエアリアルを作り出す為に真似た至高の存在、それに真似事で挑もうとしているのだから恐怖があって当然だ。


そうして、天使は空を舞う。


速度だけなら葵の全力並み以上、動作の滑らかさはアイオロスを超える規格外の動きを目にして以前の連也ならばとっくに敗北していただろう。

だが、今は同じく天使型を相手にした奇跡がその手にはある。


ゲオルギウスを纏った拳が剣を握り締めて圧縮をかける。


今までならば相当な読みを通さなければこれだけの速度の敵を補足できなかったが、今は捉えることは不可能じゃない。

ゲオルギウスが発動した圧縮をエル・ラピスが拡大して空間へと解き放つ。


謂わば、圧縮を波のように空間へと解き放つことができるようになった。


破壊力を持つ程に凝縮させたセルを拡大して、巨大な斬撃として具現化する。

それこそが連也の得た新たな力の片鱗だった。




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