第80話:原初
数体の
彼女が難敵を何の苦も無く粉砕する度に味方には希望が宿り、それは歓声となって空を埋めていった。
ただ一人でも犠牲を減らす為に彼女はアイオロスの刃を振るって斬り込んで、ついに全ての悪魔型を切り捨てた。
さすがの律羽も荒い息を吐きながら、それでも休息を挟むことなく次は獣の方へと攻勢を掛けた。
彼女のエアリアル自体は規格外な程に長時間の飛行を可能にするが、性能に追いつかないのはどんなに優れていようが限界がある彼女の肉体だ。
エアリアルを動かすにはさほど大きな力は要らないが、細かい動作が多く必要になってくるので運動量が求められる。
更に脳内でのイメージを同時に行うので脳内から酸素も失われる。
エアリアル自体に酸素供給できる仕組みも多少は組み込まれているとはいえ、肉体の動作は結局のところは人間のままだ。
そして、律羽は騎士達の歓声が止んだことに気付いていた。
彼らは生きている、交戦している者もいるが絶望的な戦況ではないはず。
つまり、淡い希望を打ち砕くだけのモノがそこにあるということ。
「えっ・・・・・・?」
彼女は自分の上を太陽でも仰ぎ見るように眺め、つい唇から声が漏れていた。
―――物語の天使のような存在が、そこにいた。
白銀の長い髪を風が祝福するように柔らかく浮き上げ、その背中にはエメラルドの輝きを放ったガラスで構成される美術品の如き翼が浮いていた。
白鳥のような翼ではなく、まるで文様のようにも見える神秘的な機構を目の前の少女はエアリアルに頼ることなく発現していた。
「
その律羽達と同じ年頃の少女にしか見えない天使の名を呟いて彼女は表情を歪めた。
「・・・・・・驚いた。お前、すごく強いわね」
感情に乏しいように見える
会話が通じると見て、律羽は辛うじて時間を稼げると踏んだ。
「あなたがここを襲わせたの?」
「それは違う。人間はどうでもいいけど、私はそんなことは望んでないわ」
「それなら、獣達に指令を出しているのは誰・・・・・・?」
その返答代わりに天使型は白い指を天空都市に向かって伸ばす。
「あそこにあるものに、あの子達は反応してるの。私を通せば誰も死なせない、約束するわ」
「・・・・・・それは到底、乗れない相談ね」
あの獣達が彼女によって指揮をされていないという発言も信用するに値しないと彼女は判断するしかなかった。
例え、本当に相手から戦意を感じないとしても、騎士の長たる彼女が一時の感情で道を譲るわけにはいかない。
返答を聞くと、天使は心底面倒だと言いたげにため息をつく。
その感情の発露は人間のようだと律羽が思った時、少女の戦闘態勢は完了した。
「私はルイン、二番目に生まれた天使。騎士、名前は?」
「・・・・・・月崎律羽。あなたを通すわけにはいかないわ」
律羽は回復しつつある呼吸を入れ替えて空を蹴り飛ばす。
アイオロスの紛れもない全速力は初動のなさ故に連也でさえも追い切れなかった、人の限界をも踏み越えた彼女だけの技術。
「本当に驚いた。人間とは思えないわ」
無感情にわずかな驚きの色を乗せて、ルインと名乗った少女はあっさりとそれに対応してきた。
脚に薄っすらと浮き上がる幾何学模様に近い緑色の輝きは、周囲の風を巻いてエアリアル以上の効果を発揮し続ける。
ある時、聞いたことがあった。
それは石動教官から聞かされたおとぎ話めいた伝承だったが、紛れもなく実在するものだと律羽も確信していた。
エアリアルという空を手に入れる技術に人がなぜ急速に辿り着いたのか。
進化の為には模倣が一つの手段となり、この場合は模倣する対象は一つしかない。
皮肉にも敵とした天使型の模倣の末に人は長く夢見た空を手に入れた。
今のエアリアル技術を以てしても模倣しきれない、人では決して届くはずのなかった空の支配者の力を手に入れる他に空を飛ぶ方法はなかった。
エメラルドに透き通った羽を一つ引き抜いたルインが一振りすると、それは薄く研ぎ澄まされた一振りの鋭い刃と化す。
アイオロスの刃でさえもルインには届かず、律羽は出力の全てを傾けて
何が来ようと人々を護ると誓った刃は至高の存在にすら辛うじて手が届く。
だが、このままでは終わりが近いと律羽は頭の片隅では理解していた。
一見すると互角だが、消耗は比べ物にならない程に律羽の方が激しい。
加えて、まだルインの方はエアリアルで言う
天使型を抑えた所で数による暴力で押し負け始めている他の騎士の命を守る力など律羽にもない。
それでも、気力を振り絞ってルインに向けて刃を叩き付ける気迫が騎士達を踏み留まらせているのも事実だった。
―――そして、彼女は知る由もないが。
中央から離れた右翼陣では天木燐奈が大量の
左翼陣にも数だけならば最大の敵がいたが、辛うじて騎士達が戦線を支えていた。
ここまでであれば戦況は甘く見て五分と言えたかもしれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます