第78話:復讐者と英雄


連也は迷いを振り捨てて駆ける。


復讐を行うなら今だと言う声が内側からするが、そんな声はねじ伏せて自分の心に従って補給したエアリアルの燃料を使って目的地に向かう。

何度か警報が鳴ったことからも、敵の規模が大きいことは明白ではあるが連也がそちらに向かうことはない。


それでも、今は天空都市の為に戦うと決めた。


芦原連也は確かに復讐者だが、復讐する対象がいなくなっては意味がない。

それに目的の為に罪のない犠牲を強いる、これこそは死んでも命を惜しむことのない唾棄すべき者達と同じ行いではないのか。

過去の行いを許せないが故に命まで奪おうとする復讐者が、自分が同じ行いをしようとすることを許容してはならない。


故に、今の状況だからこそ出来ることをするのだ。


連也が向かったのは情報棟であり、そこには夜の探索の時に見つけた至高のエアリアルが眠っている。

そこに露見せずに立ち入れるのは混乱に乗じた今だけであり、英雄のエアリアル・アームを手に入れる唯一の機会でもある。

カメラの類は死角から破壊し、連也は苦も無く情報棟へと侵入した。


階を登って以前も来たセキュリティーもゲオルギウスの出力を全開にすれば容易く破壊できる。


烈ほど立派な人間であるつもりはないが、その教えを受けた連也ならほぼ間違いなく最低限は扱えるだろう。


そして、具現化したガントレットの指先に力を込めかけた時だった。



「・・・・・・待ってください!!」


階段の上から気配もなく登ってきた影が連也に声をかけた。


露見したかと拳に力を入れかけるが、その影が図書館で会った光璃であることに気が付いて動きを止める。

戦闘が好きではないと言っていた彼女がここに来たのは連也を止める為なのか。

そうでないとすれば、と考える間に違和感に気付く。


「・・・・・・連也さんがこちらに向かうのが、見えたので」


光璃が怯えた表情で下を向き、その背中から光り輝く粒子のようなものが霧散していくのが見えた。

その現象を昔に連也は一度だけ見たことがある。


エアリアルが構造の参考にしたもの、そんな存在が似た現象を自力で発現できることを連也は知っていた。


それは、天使型アークが発現する神秘の姿だった。


「光璃、天空都市で何かしようとして入り込んだわけじゃないって信じていいのか?」


光璃が天使型アークであれば、不自然な点があまりにも多く非効率的だ。

何よりも読書を通じて出会い、ずっと友人の一人だと思っていた彼女がずっと騙していたなんて思いたくもない。

だから、彼女にも弁明する時間はあって然るべきだと考えた。


「・・・・・・私は、戦いなんて嫌なんです。信じては貰えないかもしれないですけど」


唇を噛み締めて、光璃は瞳を潤ませて俯いた。


その言動からは人を傷付けることに対する嫌悪と戦いを望まない優しい気持ちが伝わってくる。

それだけというわけではないが、連也は一つ息を吐いた。


「わかった、信じるよ。今まで通りに友達として仲良くしようぜ」


「・・・・・・・・・えっ?で、でも―――」


「そもそも、そんな奴が正体を明かしてまで俺を慌てて追いかけて来るはずないだろ。今、襲ってきてる奴等とグルなら俺を殺した方が早い」


「それじゃあ、まだお友達でいいんですか?」


確かに天使型アークは危険な存在かもしれないが、人間と似た姿と思考を以て動く個体がいても不思議ではないだろう。

特別扱いにも見える程に図書館にずっと居座る無意味な目立ち方をして、正体まで明かした上で何もせずにいる理由はどこにもない。

何より人間だろうがそれ以外だろうが、結局の所は中身の問題なのだ。


だから、一つだけ質問をしよう。


「それで俺を追いかけてきた理由を教えてくれないか」


「・・・・・・連也さんに何か目的があることは何となくわかります」


「それを邪魔しにきたってことでいいのか?」


「いえ、これを渡しに来ました。きっと貴方なら良い方向に使ってくれると確信しましたから」


何か決心したような目で、光璃は一枚のカードを連也の先にあるドアへと通す。

すると難なくそのセキュリティーは解除されて、至高のエアリアルへの道筋を示していく。


そして、更に歩みを進めた光璃は自身の右手の人差し指を烈の使用していたエアリアルを封印している機器へと触れさせた。


「・・・・・・受け取ってください。本来なら私がいざという時は使うことも検討されていましたが、性格的に向いていませんから」


「なんで光璃がセキュリティーを解除できるんだ?」


「鏑木理事長は私の正体を知っているからです。有事の時は私を使おうとしたのでしょうけど、私よりも連也さんに使って欲しいんです」


そして、全てのセキュリティーは解除されて連也は烈の大剣型エアリアルの柄を掴んで勢いよく引き抜いた。

夜の闇を思わせる濃色の大剣は連也にも少し重いかもしれないが、それでも懐かしい気持ちと共に柄を握り締める。


「管理者の権限で使用を許可されたと言えば、大事になることもありません。連也さん、お気を付けて」


光璃は戦いを任せる事を心苦しく思っているのか、悲し気な顔で連也を見つめる。

だから、自分の意志で戦うのだと示す為に肩に手を置いて笑う。


復讐者でありがながら、今だけは英雄である為に。


「———それじゃ、行ってくる」



解き放たれたことを喜ぶように、その身を軋ませる英雄のエアリアルを携えて連也は空へと飛翔した。

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