第77話:決着……?
それは対峙する律羽にとっては未知そのものだっただろう。
人は未知に遭遇すると恐れるか好奇心を刺激されるかに大きく分類される。
目の前の冷静沈着な彼女は後者のようだった。
「……やっぱり、面白いわ」
面白いものを見つけた子供のように律羽は生き生きとした瞳を連也に向けた。
エアリアルとは可能性であるにも関わらず、人はいつしかその利便性に満足している節があると連也は天空都市に来た時には感じていた。
人が空を飛べる、そうなればもっと先に行きたいと願うのは当然の欲求だ。
それを忘れれば先にあったはずの無限の可能性は閉ざされる。
人が空を飛ぶだけではなく、自由に飛ぶことで新たな可能性を開拓するのがエアリアルの吹き込む新しい風だ。
確かにエアリアルが天空都市という箱庭を護る希望の側面を持つ以上、血生臭い印象は付き纏うかもしれない。
でも、天空都市の森の上にも続く空を見上げて楓人は笑う。
今だけは復讐も全てを忘れて、心から笑った。
「獣とやってる時は別だけどよ、それでいいんじゃないか?」
「……えっ?」
「俺達は空を飛んでるんだ。地上では誰も空を飛べない、これってすげーことなんだよ。今だけは……
自分の拳を彼女に向けて突き出す。
もっと本気で来いと、自由に来いと、今だけは昔の気持ちを思い出して英雄に憧れた心の熱を言葉に乗せる。
「俺は強い。だから……遠慮なんかするな。俺ならお前と戦える」
自分が最強だという絶対的な自信はなかったし、律羽の方が才能も基礎能力も上だろうと知っていながら彼女の全力を引き出そうとした。
彼女の本気がただ見たかった、英雄に足る熱があるかを見たかった。
しばし、呆然と律羽は連也の顔を見つめていた。
「……ええ、そうするわ」
瞳に喜びを漲らせて彼女は挑むような笑顔を向けてくるが、それは彼女が心の底から本気になった証明だった。
ぶつかる壁として連也を認めたということだ。
そして、彼女は何だか少し照れたように視線を泳がせた。
「今のあなた、何だか少し違うわ」
「何だよ、惚れられても困るぞ」
「惚れさせたいなら、ここで私に勝てば可能性はあるかもしれないわね」
そんな普段通りながら、少し違う会話を交わしつつも二人は己の全霊を込めるべく呼吸を入れ替えた。
律羽が全力で戦うと言った癖に、余力を無意識に残していることには連也は気づいていた。
それは、これだけの戦いを繰り広げられる相手とのひと時を終わらせたくないという彼女の願いだ。
彼女は今、この瞬間は全力で挑んでくるだろう。
律羽の全身がわずかに動いたと見た瞬間に直感した。
反射神経だけでは到底間に合わない。
あまりにも速すぎる疾走はきっと二度は止められないだろう。
だが、律羽は正面から突っ込んでくると言う確信があったおかげで、今回だけは針の穴にも等しい迎撃タイミングを完全に掴んだ。
全身全霊でぶつかれば、わずかに残るのは良くて相撃ち。
それでも、全てを一撃に賭けようとして。
―――キン、と甲高い音が二人を止めた。
「今のは……まさか」
「ええ、戻った方がよさそうね。決着はまたの機会にしましょう」
深いため息を吐いているところを見ると律羽は決着がつかなかったのは本当に心残りらしい。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
この音は、獣災が出現した時の警報だ。
すぐに二人は燃料の残量を確認するとすぐに警報がしたであろう場所へとエアリアルで移動する。
「……すげー楽しかったよ、またやろうな」
恐らくあのまま続けていれば連也が勝利する未来はなかっただろう。
それでも、心地よいほどに全力を出し切ったので悔しくないと言えば嘘になるがそれ以上に充実感で満ちていた。
「あなたくらいよ。私をあそこまで挑発してきたのはね。それに……不本意だけど、少し格好良かったわ」
「………」
「そ、そこで黙られると反応に困るわね」
そんな会話をしながらも、楓人はこれから待ち受ける戦いに懸念を抱いていた。
ここまで大々的な襲撃はしばらくなかったと聞くが、今の律羽が狙われている状況での襲撃の中で何かが起きるかもしれない。
だが、今は天が与えた好機なのではないかという考えが頭を過って消えなくなった。
この混乱に乗じればほぼ確実に仇敵を討ち果たせるだろうし、鏑木始にすら手が届くかもしれない状況はそうあるものでもない。
この機会を逃せばもう巡ってこないかもしれない。
もしも大規模な戦いになった場合は戦況を左右するのは、単騎で敵を突破できるいわば指揮官級の騎士の人数だ。
エアリアルの知識もあって戦闘力も高い連也の存在が、自惚れではなく大きな戦力になることは確実と言っていい。
連也が参戦するかで救える人間も出てくるかもしれない。
英雄の意志を継いで、仇敵を含む人間を救う為に命を賭けるか。
仇敵を討ち果たす為だけに、他の騎士に戦場を託すのか。
復讐者か英雄か、それを今ここで選択する時が来ていた。
しかし、そんなものは決まっている。
―――芦原連也は復讐者だ。
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