第76話:対最強-Ⅲ


連也は自分でも同年代には技術でそうそう負けるはずがない自負があった。


事実、烈から受け継いで研鑽を重ねて来た技術は確実に天空都市内でも通用するレベルに達していることは疑いなかった。

単純な技術と経験ならば律羽と同等まで有り得る程に秀でている自信はあった。


だが、律羽の持つ才能は単純なエアリアルを駆動する技術以外にも存在したのだ。


一言で表すならばエアリアルを感覚で操れる天性の勘であり、それが二つのエアリアルの同時駆動を可能にしている。

もしかしたら、その類稀なる才能こそが彼女が何者かに狙われて来た理由なのかもしれない。


「すげーな。やっぱり単純な才能ならお前が上だよ」


空を飛ぶ為に生まれて来たような天性の才能を前に連也はこのままでは完膚なきまでに負けることを直感していた。

今は凌げているとは言っても、完璧なタイミングだった圧縮をずらされて致命打にはならなかった。

それは単純な圧縮だけでは彼女を補足し切れない証明でもあった。


だが、連也にも切り札と言うべき手はあった。


これを使えば確実に今の彼女とも勝負らしいことは出来るようになるだろう。

この切り札を使うことを最初は躊躇っていたが、今はもう決心している。

いざと言う時に律羽と戦って突破できるのか、今の戦力を試しておかなければならなかったのだ。

それに仇敵に近付くにはこの程度の戦いではまだ成果が足りない。


「———反射圧縮リフレクト、起動」



普段の圧縮を行う時は圧縮の際にかかる重さと力を重視しているが、今回はそれと握ってからの圧縮速度を重視した状態にエアリアル・アームを調整した。

その調整を一瞬で行う為に、イメージと言葉を駆動に結び付けているのだ。


「奥の手みたいね。これでお互い対等になったわね」


「対等だといいんだがな。それよりも気を付けろよ。こいつは・・・・・・間違いなく律羽が今までに戦った相手とは別物だ」


律羽のように常識を覆すような能力ではないが、能力の使い方次第で動きが変わるという意味では新たな可能性を切り拓く能力かもしれない。


そして、微塵の油断もない律羽に向けて連也が空を蹴った。


今までよりは少しばかり速度が増したように感じるが彼女の方が遥かに速度では勝っている確信がある。

ゲオルギウスの装甲は右側にやや偏っているので攻撃を躱して左から叩き落せばこの戦いは終わりを迎えるだろう。


油断をしたつもりはなかったが、勝利を確信した彼女にはわずかな隙が生まれたのを連也は見逃さなかった。


「えっ・・・・・・?」


律羽は呆然と目の前の光景を、正確に言うならば目の前の連也の姿が掻き消えたのを見て声を上げる。

直進の体勢から消えるなど有り得ないし、次の瞬間には連也が真下に跳んだのだと察して防御を間に合わせた。

だが、至高の騎士の動揺は明確にその動きの精細をわずかに欠く事態になった。


なぜなら連也が行った行動は本来ならば有り得ないからだ。


あれだけ直角に近い角度で急な方向転換を実施して潜り込んでくる動きなど古来より存在しなかったと思っているのだろう。

これは連也のゲオルギウスでのみ可能にした飛行術であり、空の上で戦っていたままでは得られない技術だった。


左に回避した所から急速な突進で連也は律羽を強襲する。


凄まじい勢いで剣型のデバイスが振るわれて風を薙ぐが、紙一重で連也はそれを躱すことができていた。

確信を持って回避が出来ているのは律羽に走った動揺故だった。


律羽の弱点は戦闘経験の未熟さであり、駆け引きに対する素直な性格だ。


彼女は速度・出力・すべてにおいて連也を上回っている。

まともにやったら連也には到底勝ち目がない上に時間をかければ律羽は対応してくるだろう。


だから、連也が目指すのは短期決戦の道のみだった。



―――反射圧縮システム、とこの機能を連也は呼んだ。



空間圧縮の凝固速度と凝縮率を高めることでエアリアルの足の裏からの放出を合わせて急速な方向転換と加速を可能にする。

イメージ的な問題で言えば、空間にある壁を蹴り飛ばすことができるようになる。

ただ、普通の状態で蹴っただけでは体勢を変える程の力を得ることは出来ないが、エアリアルの出力を以て微調整を繰り返せば鋭角への完全な方向転換ができる。


それは機能的には似ている調整アジャストによる方向転換とは比べ物にならなかった。


だから、三百六十度を選ばずに連也だけは空中を自在に飛行することができる。


これが英雄を超える為に血の滲む鍛錬の末に編み出した芦原連也の正真正銘の切り札だった。


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