第75話:対最強-Ⅲ


故に連也が今のままで勝つとすれば持久戦に絞られるのだが、それは現状では現実

的ではなかった。

驚異的な勘と操作精度で辛うじて逃れているだけで、アイオロスを駆る律羽の動きは何度も受け切れるものではない。


だが、それでも今は退くわけにはいかない。


「・・・・・・読み切るしかないか」


アイオロスの燃費を抜きにすれば、弱点らしい弱点はないが針の穴を通すような戦法が持久戦以外にも一つだけなくはなかった。

葵との一戦を見ることが出来たのは、この戦いを前にして大きな収穫だった。

動きの精度は段違いだが、根っこにある人間の動きの性質はそう簡単には消せはしないのだ。


葵が律羽の力をある程度までは引き出してくれたから、律羽への勝ちを拾える。


この戦いで完全に勝利する必要はないが、律羽を追い詰めた程度の名声を得るのが一番都合がいい。

律羽に完璧に勝てるかはさておき、勝てば目立ちすぎるあまりに動きが制限される可能性がある。

発言権を獲得しつつも至高には届かないのが、最も扱い易い騎士からの条件で上からの声もかかりやすいはずだった。


「考え事とは余裕ね・・・・・・ッ!!」


再び空間が歪んだ瞬間に律羽は滑り込むように連也との距離を一瞬で侵略した。


耳元で風が鳴る程の距離の攻撃を読みでエアリアルを操って回避を重ねていく。

一度でも誤れば粉砕される恐怖と戦いながらも、コンマ一秒も予断を許されない舞踏を踊る。


「あなた、私の動きを読んでいるみたいね」


一撃を振るいながら息を吐き出す律羽。


「まあ、なッ!!余裕何か微塵もない、けどよ!!」


息を切らしながらも回避とゲオルギウスの圧縮を駆使して直撃は避ける。

本来ならば避け切れないはずの攻撃を連也は運も助けて十二回まで回避に成功していた。


そして、ようやく・・・・・・見えたのだ。


「そこだ・・・・・・ッ!!」


右の手甲を握り締め、これから律羽が移動する場所を初めて絶対の確信を持ってリスクを冒す。

今の律羽には圧縮すら容易には通じまいと踏んで狙うは翼だ。

あれの一部を破壊するだけで大きくバランスは崩れて出力は大幅にダウンするはずだった。


律羽は体を捻って咄嗟に回避を試みたが間に合わず、羽を構成する骨格の内の一本に亀裂が入る。


やはり緩衝膜が施されていたが、全力のゲオルギウスの出力は瞬間的に言えばアイオロスに近いレベルに達する。

まともに潰せなくても一部を損傷させる程度は容易い。

案の定、律羽の羽からは出力変換する際の微かな放電が漏れ出していた。


「芦原くん、認めるわ。あなたはとても優秀な騎士よ。アイオロスにまともに傷を付けた騎士はあなたが初めてね」


「これだけ粘って、やっとヒビ一つだ。でも、少しは出力落ちたみたいだな」


「あなたは勘違いしてるわ。確かにこのままではあくまでも威力という面では出力は落ちる。持久戦にすればあなたの勝ち・・・・・・と思っているんでしょう?」


連也の作戦はさすがに透けているようだが、そんなものは関係ない。

むしろ、それを察して勝負を急いでくれた方が隙を突きやすいというものだ。


「私が最も得意なのが持久戦なのよ。それが芦原くんの勘違いだった」


再び翼を駆動させると、わずかに剣に走っていた出力を落として調整したようだ。


これで落ちるのは剣を振る際の剣速と威力、これは連也にとっては大きな劣化だと言えよう。

だが、律羽の翼が持つ真価を連也は嫌と言う程に思い知ることになった。


「私の翼型のデバイスが果たす役目は二つ。溜め込んだ出力の供給、それと・・・・・・大気から私は自分でセル、駆動する為の動力を供給できるの」


「・・・・・・さすがにそんなもん予想できるかよ」


さすがの連也も絶句するしかなかった。


彼が取ろうとした持久戦という選択肢はこの瞬間に最大の愚策へとなり果てたのだから。

エアリアルを動かすセルという燃料は大気から供給されて加工される。

だが、律羽は完全な形ではないし他のエアリアルに供給できる程に燃料の形は成していないが自身の動力の大半を大気から供給できる。


つまり、やろうと思えば通常の騎士の数倍の持久力を持つということだ。


獣災の上位種である天使型アークは自身でセルの供給を行うというが、それを人間の身でありながら可能にした。

それは騎士としては烈すらも超え、今後のエアリアルの在り方に変革をもたらしかねない技術だった。


もっとも、それを操る律羽の操作適性がなければ起動すらままならないだろうが。


何より、大気から供給される出力をそのまま転用すれば連也の付けた傷等は戦況にさほど影響しない。

それどころか、今までは秘すべきだと考えていたのか使用を控え気味だった力の開放で律羽は更なる高みへ届く。


―――なんという、想像を絶する才能だ。


文句なしに連也は彼女の研鑽と技術に純粋な敬意を抱くしかなかった。


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