第74話:対最強-Ⅱ


二人は一度、互角の激突を行った後に距離を取った。


アイオロスは連也でさえも見惚れる程のエアリアルだ。


騎士の鎧を思わせる蒼い装甲が全身を薄く包み、白銀の装飾がそれに気高さを添えている。

何より背中に広げられるのは大きく広げられた鋼の骨組みを持つ翼。

骨組み同士の間には蒼いヴェールを思わせる透き通った粒子が集結している。


物語の天使とさえ見紛う美しいエアリアル、それが彼女の最強たる所以アイオロスの真の姿だった。


「・・・・・・どうかした?」


鋼の天使の如き少女は怪訝そうな顔で訊ねる。

その美しさとは裏腹にあくまでも普通に接して来るのが彼女の美点だ。


「・・・・・・いや、すげー綺麗だって思ってさ」


「あ、ああ、そういう意味ね。わかっていたわ」


そろそろ連也のことも理解されてはきたようだが、決して連也の賛辞はエアリアルに送られたものだけではない。

一瞬だけ頬を紅潮させた律羽はアイオロスを褒めたと判断すると、少しだけ不機嫌そうな色を滲ませた。

そんな彼女に少しだけ意地悪をしてやりたくなって、連也はあえて口を開く。


「お前が綺麗だって言ったつもりだ。初めて会った時から、お前のことはいい女だって認めてたしな」


「・・・・・・せ、精神攻撃で優位に立とうとしても無駄よ」


冷静さを装っているが、とても精神が乱れていた。


それはさておき、今の律羽が評価されるのは見た目の秀麗さだけではない。

改めて対峙してみて、連也は十二分に評価していたつもりの律羽を自分がそれでもまだ侮っていたことを知った。


目の前の至高の騎士の気配はまだ完全なものではなかったが、烈と似た隙の無さを感じるものだった。


この年齢で既に烈の域に近付くことが、どれほどの異常さかわかる。

彼女ならば英雄を超えた先へと行ける可能性さえ秘めているだろう。

単純に烈の方が経験も対応力も遥かに上だが、単純な戦闘力では大差ないかもしれない。


だとしても、だからこそ、連也は退けなかった。


烈が命を奪われてから、自分の力を確かめる手段も失っていた。

葵との模擬戦も行ってはいるが、烈との差を確かめる手段には成り得ない。


「律羽、お前・・・・・・ちゃんとエアリアルを操れるようになってから負けたことあるのか?」


「別に自慢する気もないけど、運が良かったのもあってないわよ」


きっと律羽と対等に戦える人間などほとんどいなかったのだろう。

だから、限りなく近いという天木燐奈のやる気がないのを見て寂しそうにした。

自分の中でスイッチが切り替わる感覚があった。


絶対の自信などあるはずはないが、それでも言わずにはいられなかった。


「律羽・・・・・・全力で来いよ」


「・・・・・・・・・ええ」


少しだけ驚いた顔をして、まるで泣きそうな顔を一瞬だけ見せた後に笑う。

本気を受け止める覚悟のある相手だと察したのだ。


故に連也は気力の漲った律羽を前に思考を巡らせる。


今の彼女に策もなく近付くのは危険極まりないのは明らかで、攻め手は一つに絞られる。

見られた能力ではあるが、装甲に覆われた右の拳を握り締めた。


―――ゲオルギウスの能力、空間圧縮だ。


射程は長くない上に距離を離す程に圧縮力が落ちる欠点はあるが、これから簡単に抜けられる人間はそうはいまい。

見えない手にいきなり体を掴まれるようなものだ。

無論、全力で握れば緩衝膜を粉砕しかねないので加減はした。


だが、そんなものは不要だったのだと知る。


その場にいた律羽の姿が掻き消えたかのように感じた。

余りの滑らかさに全身の鳥肌が立つような無駄がなく研ぎ澄まされた速度。

葵の荒々しく大気を削るような動きとは違い、動き出しの気配さえも消えているせいで反応が遅れる。


あまりにも滑らかな襲撃に連也は咄嗟に拳で律羽の剣型のエアリアル・アーム、アイオロスを弾いて後方への離脱を試みた。


だが、その時には律羽は最初からそこにいたように追撃の刃を振るっていた。

葵との戦いでも見せた読みの速さと動きの無駄の無さはアイオロスの出力を使用して存分に活かされていた。

それに加えてゲオルギウスの装甲で弾いても殺しきれない凄まじい衝撃。


普通なら制御しきれない出力を扱える要因は恐らく律羽の背中にある翼型の機構だ。


見ている限り、あの翼は単独での放出バーストを行っている。


通常の装甲から行うものに加えて、背中の翼が独立して出力強化と制御を担う。

例えるなら一人で通常の倍どころではない量のエアリアル出力を制御できる。


「・・・・・・基本スペックからして反則だろ、こりゃ」


その凄まじい機動力に苦笑いするしかなかった。

だが、あれだけの出力を操るには燃料の消費が尋常ではないはずだった。

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