第72話:ハルピュイア-Ⅱ
この戦いは連也からの指示の中には全くないものだ。
だが、そろそろ律羽と連也は予定通りに交戦する頃だろう。
それならば、彼女のこの場での役割は終わりなので後は好きに競技めいた戦いに没頭してもいいということだ。
連也が律羽と戦いたいと願うのが本能なら、葵にも似たような熱が存在している。
主役はあの二人かもしれないが、実力では凸出しているだろう相手がもう一人ここにいる。
放電するエアリアル・アームを操る葵。
燃え盛るエアリアル・アームを駆る岬。
両者は既に臨戦態勢に入っており、先にどちらが動くかという戦いだ。
その性格上、予想通りというか動いたのは葵だ。
「えっ・・・・・・?」
岬は一瞬、自分の目の前にもう一度だけ凝視した。
さっきまでいた葵が身を屈めた瞬間、目の前から姿が掻き消えたからだ。
それでも優れた勘を持つ岬は敵は姿を消したわけではないとすぐに気が付いて反応した。
「・・・・・・後ろッ!!」
「・・・・・・おわっ、やるねー!!」
背後からやや小剣に近い長さの二剣を両手で操る葵の二撃を岬は腕に装着した装甲を以って弾き返した。
元より防御に使う想定の箇所は堅牢性を重視して創られており、特殊な緩衝膜も複数張られている。
「まさか、ここまで単純なエアリアルだとは思わなかったよ」
岬が苦笑するほどに葵のエアリアルの能力は真っ直ぐで偽らざる力の形だった。
再び葵の姿が消えたように見えた原理は単純明快に過ぎる。
――—本来の力を振るう葵の速力は騎士の限界さえも超えていた。
「そうか、成程ねッ!!」
炎を振り回して、葵の侵入を防ぎながら岬は考えを巡らせた。
能力は把握することは出来たが、攻略するとなると骨が折れる。
葵のエアリアル・アーム、ハルピュイアの能力は速度の飛躍的な向上だ。
単純な出力を増幅用パーツを使って向上させているのもあるが、あの放電現象は電気だ。
電気を発生させる機構を組み込むことで通常の
通常のエアリアル・アームが可能にする攻撃力の向上を彼女は恐らく全てを速力に捧げた。
その結果として、前傾姿勢から消えたように見える程の速力を獲得したのだ。
「地上には電気で動くものが多いらしいけど、地上っぽい改修してくるじゃないか」
やれやれと肩を竦めると岬は再び構えを取った。
この戦いの構図は早くも見えてきているが、相性で言えば速度で回り込める葵がやや有利だろう。
岬は現状で勝利を手にするためにはどうしても確認しておかねばならないことがあり、わずかな攻防でそれを把握していた。
風が鳴り、凄まじい速度で放たれる蹴りを
エアリアルの動作すら一歩でも遅れれば間に合わない。
だが、今の一瞬で岬は己の一手が葵に有効であることを確信した。
彼が確認していたのは葵があの速度を発揮した時の操作精度だ。
それが精密であれば勝ち目は到底なかったが、特に前進した時にはわずかな硬直があることを見抜いた。
つまり、一度飛び込めば離脱するまでにわずかな時間があるということ。
故に岬は葵の動きを読み、彼女の突進を誘った。
タイミングは完璧で岬の切り札の一つを彼女は知り得ない。
「
その言葉と共にリミッターの一部が解放される。
通常の倍の燃料を消費して、岬の周囲に炎熱を遮る熱に特化させた緩衝膜が展開していく。
それらの動作はわずか一瞬で完了した。
――—放出されるは炎の波だ。
岬の周囲の数メートルを一瞬で薙ぎ払う攻撃範囲は岬を中心とした円に近い。
飛び込んできた以上はどこから来ようと無駄なこと、使用後は冷却にわずかな時間を要する欠点があるにはあるが強力な機能だ。
決して見込み違いではなかったし、岬の戦略は間違っていなかった。
ただ一つ、この場での誤算は彼女の力を岬が知らなかったことに他ならない。
「———
似た機能を彼女のエアリアル・アーム、ハルピュイアが持っていたことを知っているはずもなかった。
強烈な放電と共に彼女は周囲の熱が広がった空間を消し飛ばす。
これが葵の実力の一端なのだと瞬時に理解する。
あれだけの速度で思い切りが良過ぎる程に突っ込んで来れるのは、この武器があるからなのだと悟ったのだ。
あの連也が相棒として認める少女であり、氷上烈の教えを受けていたのは伊達ではなかった。
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