第66話:追憶-Ⅳ
幸いにも銃弾は足を掠めただけらしい。
エアリアルの操作だけは継続するが、連也は冷静に判断を下す。
少なくとも止血をしなければ足手纏いになるだけだが、退けば烈の負担を増やす。
未だに連也のエアリアルが出来るのは、僅かな時間の空間圧縮だけだ。
距離を取りながら、服の一部を破いて止血を行う。
この手の動作は烈から習っていたのですぐに出来た。
今までの連也の力を見ていたので獣達はすぐには寄ってこなかった。
だが、敵はそれだけではない。
「・・・・・・なんだ、さっきの?」
銃弾が来たのは少し離れた森の中からのようだった。
そして、獣が次の突撃を敢行した時に再び銃撃は起こった。
今度は警戒しており、辛うじて躱すことができた。
しかし、今度の狙いは違った。
「連也・・・・・・逃げろ」
今回狙われたのは烈の方だったのだと知って、連也は背筋を冷たいものが這うのを感じていた。
烈が撃ち抜かれたのは左腕らしく表情を苦悶に染めている。
獣の大群の一部を追い払いながら、強力な個体を相手取り、なおかつ銃撃の多くを躱した腕は神業とさえ言える。
だが、万全でない状態でそれらを回避し切るのは無理があった。
「烈・・・・・・!!」
冷静さをついに失って叫んだ瞬間に再びそれは訪れた。
銃弾を躱しながら獣を捌くが、精神的に不安定な状態では完璧に躱し切ることはできなかった。
「くっ・・・・・・」
ついに制御が不可能になりかかっていることを悟って、一時的に地面へと降下する連也。
まだ烈は動けるし、地上に降りれば狙撃の先も逸らせると踏んだ。
何よりこれ以上は空で制御を失えば危険だった。
半ば倒れ伏すように地面に膝を着き、それでも狙撃先を見据えた。
額を銃弾が掠めていたらしく、血液で視界が半分だけ見えない。
そして―――
「ぐっ・・・・・・あ・・・・・・」
脇腹を銃弾が撃ち抜いた。
朦朧とする視界の中で、自分に向かった歩いて来る男がいることに気が付いた。
「氷上烈にエアリアルを教わった子供のようです」
「そうか、素晴らしい動きだった。悲しいね、未来ある子供の死を私は悼むよ」
薄れゆく意識の中で辛うじて見えたのは忘れるはずもない。
それは後に知った、鏑木始だったのだ。
憎しみで視界が揺れるのを感じるが、怒りを行動にするだけの力が体には残っていない。
「さあ、ゆっくりと眠るといい。英雄もすぐに送ってあげよう」
慈悲を口にすると鏑木は歩みを進める。
―――意識があったのはそこまでだった。
そこから目を覚ました連也が見たのは、虫の息で連也を救い出した英雄の最後だ。
葵が連れて来た景と英雄の最期を看取ったのも覚えている。
だから、あの日に誓ったのだ。
英雄を手にかけた鏑木一派も、葵の話では助けに来るのを躊躇っていた騎士も、あの日に烈を追い付けた謎の固体も。
全てに対して復讐しようと誓っていたのだ。
そこまでが夢の終わりだった。
「・・・・・・ん、俺・・・・・・寝てたのか」
ふと、目を開くと図書館の室内が次第にはっきりと目に映る。
「ぐっすり眠っていましたよ」
にっこりと笑うのは光璃で、時計に近い文字盤を見るにまださほど時間は経過していないらしい。
それにしても短い時間ではなかったのに、光璃は傍にいてくれたようだった。
「何か寝言を言ってなかったか?」
「いえ、特には。少しうなされているようでしたので、少し頭を失礼しました」
頭を撫でる動作を中空で行うと、少し照れたような表情を浮かべる光璃。
正直な所を言えば、最悪な夢を見たせいで胸の中を吐き気に近い感覚がある。
烈の夢を見られたのはいいが最悪の結末だとわかっているので、深い悲しみが再び蘇ってきた。
それでも、光璃の優しさに触れていると少しは吐き気も緩和される気がした。
「悪いな、面倒をかけた」
「いえ、疲れていたんでしょう。私でよければいつでも膝は貸しますよ」
「・・・・・・膝?」
「・・・・・・寝心地が悪そうだったので、こんな膝で良ければ貸しますから」
「お前、そんなサービスはやらない方がいいぞ。勘違いされる」
男の夢ではあるが、光璃のような美人にそんな申し出をされて勘違いしない男はいない。
「連也さんだけのサービスです。内緒ですよ」
少しだけ頬を染めて、光璃は本を閉じて誤魔化すように立ち上がる。
光璃とは気も合うし、いい子なのは解り切っているので勘違いするのも悪くないかなどと一瞬だけ思ってしまった。
何にせよ、かなり疲れは取れたようで体が軽かった。
たまにはしっかりと休養する日も作るべきだと学んだ日だった。
「そういえば、月崎さんが来ましたよ。起こさないでいいと言って帰りましたけど」
「用件は聞いてるか?」
「何でも試験についての説明をしたかったそうです。この後の授業で詳しい説明があるので、事前知識を教えたかったと言っていました」
「試験・・・・・・?ああ、そういうそんな話があったな」
蒼風学園の試験と言えば、当然ながら騎士としての素養が中心となる。
どんな形式かは毎年変わるようで、戦闘専門と支援専門でも内容が変わるくらいなら知っている。
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