第64話:追憶-Ⅱ


葵は今程には全員に愛想が良かったわけではない。

髪も短かったし、燐奈とはほとんど話をしていないので気付かれていない。


何にせよ、彼女は今と変わらず連也の傍にいた。


「やだよ、葵はテキトーだし」


「なんですとーっ!?じゃあ、わたしのこと嫌い?」


「いや・・・・・・そりゃ、好き・・・・・・だけど」


「あは、わたしも連也のことすきだよ」


そんな二人のやり取りを微笑まし気に見守る両親。


あの頃の連也には夢があって、その為に邁進していたのだ。

だからこそ、遠い親戚である烈にエアリアルを教えて貰ったし大嫌いな座学で知識も身に着けた。


立派な騎士になって天空都市を守る。


未だに天空都市は烈以外に強力な騎士がほぼいない状況で教育にも本腰を入れ始めていた。

烈とそれに次ぐ騎士程度しか一人で戦況を変えられるレベルの騎士はいなかった。

だから、連也が三人目になると決めていた。


そんな夢を抱いていたのも遥か遠くのこと。



そして、ある日。


天空都市での最後の日を迎えることになるとは夢にも知らなかった。



「じゃ、行ってきます」


「行ってきまーす!!」


さりげなく連也の家で朝食を終えた葵と一緒に烈のレッスンに出かけた。

今日も街は人で溢れていて、今日もわずかな風が頬を撫でた。


いつも通りの天空都市、いつかの英雄となる自分を夢見て駆け出した。


何にでもなれる自分、可能性は無限にあると幻想を抱いていた。


―――人はなるようにしかならないのに。


「連也、今日は何教わる?」


「二重放出の応用編で行こう。そろそろ俺達も腕上げた気がするんだよな」


連也達は卓越したセンスがあっただろうが、決定的に足りないものがあった。

鍛錬に取り組んで試行錯誤した時間と経験が圧倒的に不足していた。

それに気付いていたからこそ、何とか追いつこうと鍛錬を重ねていた。


そんな満ち足りた毎日は突然に崩れ去った。



鳴り響く警報は天空都市の近くに敵が襲来した証。



日常的に天空都市の住民はこういう時の対処を叩きこまれていた。

とにかく地下のシェルターに避難しろと言われ、騎士の戦いを妨げないようにするのが急務だった。


でも、何だか胸騒ぎがした。


逃げるのがここは正解だとわかっていて、それでも当時は未完成だったゲオルギウスを握り締めて押し殺そうとした。

まだ力が足りないと言い聞かせて、唇を噛んでシェルターに走ろうとした時だ。


轟音が丘の方からしたのを連也の耳は確かに聞いた。


「今の・・・・・・丘の方じゃ」


「うん、あそこにいるとしたら・・・・・・」


丘は烈との秘密の鍛錬場所で、この時間にあそこにいるとしたら一人しかいない。

そして、あそこで爆発が起きたということは嫌な想像が頭を巡る。


敵は緩衝膜の付近まで侵入しているのではないか。


「れ、連也っ!!」


「お前はシェルターに行け!!」


だから、エアリアルを起動して全力で飛ばす。


何故だろう、異様な胸騒ぎが収まらない。

ここで走らなければ一生後悔するような予感があった。

力が足りないかもしれないが、何も知らないで終わるよりはマシだと走り出した。


「ちょ、ちょっと、待ってってば!!」


葵も同様の予感を感じたのか、忠告も聞かずに着いて来る。

これ以上は行っても聞く性格じゃないので黙って葵の同行を受け入れるしかない。


周囲の景色を置き去りに二人は飛ぶ。



―――そして、丘に辿り着いた時。



「連也、葵・・・・・・何で来たッ!!」


滅多に怒らない烈の怒号が飛ぶ。


丘の上空には想像した通りに無数の獣災がいた。

羽の生えた獣が恐らく千は超えており、まさに烈は地面から飛び立つ所だった。


「こうなってるのがわかったからだよ。俺だって力になれる!!」


「お前らはまだ戦いを知らない。俺に任せとけ。まあ、仕方ないか。俺を助けようとしてくれたんだろ?」


烈は手を伸ばして二人の頭をわしゃわしゃと不器用に撫でて笑った。

怒鳴りはしたものの、来てしまったものは仕方ないと諦めたようだ。


「烈・・・・・・ッ!!」


だが、その飛ぼうとする烈の様子がおかしいことに連也は気が付いた。


あれだけ美しく飛んでいた烈がやけにふらついており、恐らくは機器の不備であろうことは明白だった。

そんな状態で戦っても勝てるはずがない。

連也や葵のタンクを使用しても特殊なエアリアルを使っている烈のタンクの代わりにはならない。


―――この時に、まさかタンクの中身に異物が仕込まれてようと思い至るのは無理だった。


それでも英雄は精悍に笑った。


「俺が退いたら、あいつらは突破して来るよ。それに、厄介なのが一匹混じってるからな」


空に目を凝らすと不自然な個体が見受けられた。

大きさは人にしても小柄な程度だが、獣はその個体を守るように動いている。

遠目でははっきりとはわからないが、銀色の髪のようなものが風に靡いていた。


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