第63話:追憶


だが、そんな感情は表情には微塵も表さない。


感情を押し殺して耐えるのは既に慣れており、一瞬を耐えることなど容易い。

だが、問題はどのタイミングで石流の命を奪うかだ。

今回は慎重に実行しなければ必ず足が着く。


まずは石流の抱えている秘密を暴くことだ。


幸いにもこの女は律羽関連で早速だがボロを出してくれたので、そこを突くのがいいだろう。


「授業に戻りましょう。貴方は意外と言ったら失礼ですが、熱心に受けてくれますからね。その調子で頑張ってくださいね」


生徒を褒めるのも忘れない教官の鑑と言える態度。


これが本心からの態度なら、尊敬できる教官だっただろうに。

北尾から石流のしたことは聞いた。

氷上烈の燃料に異物を混ぜ込んで確実に仕留める為の準備をしたのはこの女だ。


教室に戻りながら、連也は今後についての思考を巡らせた。



北尾が死んで少しばかり沈んだ雰囲気だった教室にも活気が戻り始めていた。


どうやらさほど関わりのない人間の死は忘れて行くのが人の性質らしい。

連也はというと、昼休みになって昼寝をする場所を探していた。


さすがに人として認識していないとはいえ、神経をすり減らす毎日だったので疲れも溜まっていたらしい。

今日はぐっすり眠るとして、少しだけ仮眠を取りたかった。


やってきたのは何となく図書館だった。


別に光璃がいることを期待してという程でもないが、いるならいるで話かけようと思っていた。


「・・・・・・あっ」


だが、窓からの光が差し込む場所で彼女は静かに読書をしていた。

彼女は授業を受けていたらしく、今は別の管理者が受付に座っているので純粋な読書のようだ。


「悪い、邪魔したか?」


「いえ、そんなことはないですよ」


にっこりと笑って光璃は本に栞を挟んで閉じる。

そして、連也の顔を覗き込んで怪訝そうな顔をした。


「少し疲れた顔をしてますよ。寝不足ですか?」


「ああ、それで悪いんだけど・・・・・・ちょっと仮眠させてくれ」


「まあ、そういう事情でしたらゆっくりしていってください。私が起こしてあげますから」


相変わらず光璃は優しくそう言ってくれた。

どうやら、図書館を訪れたのも光璃のこういう所が気に入っているからかもしれないと今更になって気が付いた。


そして、近くの陰になったテーブルに突っ伏して目を閉じる。


光璃は傍で読書して待ってくれているようだった。


―――不思議な程にすんなりと眠りに落ちていく。



そして、何となく過去を思い出した。


あれはまだ英雄と呼ばれた男が生きていた頃。


「よし、それじゃ・・・・・・今日はエアリアルについて教えてやる!!」


立っているのはまだ若い男だった。

そうは言っても当時の連也から見ればずっと大人だった。

精悍な顔付きをしているが、どこか憎めない愛嬌を含んだ笑みを浮かべている。


その男は至高の騎士でありながら、誰よりも他人の笑顔を望んだ。


だから、こうして時々だが子供達に自分の知識を教える時間を無償で取っていた。

普段から教わっている葵や連也からすれば特に新鮮でもない時間だったが、たまにはこちらにも出ろと師匠である烈に言われては仕方がない。


二人は同年代と比べて遥かに優秀だった。


たまに集まりに参加していた二人は見本として実演させられた。

葵は速度、連也は制御技術がそれぞれ優れていると烈にも褒められることが多かった。


無論、子供達の中には同年代の優秀な生徒に対抗心を燃やす者もいた。


「先生、私もあいつみたいに飛びたい」


「こら、指差すな。そんなんじゃ淑女になれんぞ。そうだな・・・・・・燐奈はたぶん得意なことで勝負したら勝てないな」


「えー、そんなのやだ」


「でもな、総合力で勝負したらお前以上は中々いないぞ」


ああ、こんな夢だとわかっている中で思い出してしまった。

あの対抗心を燃やしていた少女こそが、天木燐奈だったのだ。


彼女の言う通りに昔の連也は会ってしまっていたのだ。


何にせよ、連也も葵も烈に新しい技術を教わるのを心待ちにしていた。

毎日、必死で練習して家に帰ると温かいご飯が待っている。


「連也、お疲れ様。今日はお肉がたくさん入ったスープにしましょうか」


本当に優しい母親だった。


「連也、あまり無理はするなよ。体に勝る資本はないんだからな」


真面目すぎる所はあったが、連也に愛情を注いでくれた父親だった。


葵も家族とは仲が良く、遊びにきていたのでよく夕食を共にしたものだ。


「本当に葵と連也は仲がいいな」


「ふふ、将来は結婚してくれたら私も安心なんだけど」


「わたし、連也のこと好きだから結婚してもいいよ」


両親の視線が照れ臭かったが、今と変わらずに葵は笑顔を振り撒いていた。

それは過去に戻りたくなるほどに幸せな日々だった。

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