第62話:次の標的


そして、つつがなく宴会は終わる。


会場を飾り立ててくれていたイルミネーションも役割を終えて寂しい風景へと戻っていく。

取り外しを手伝いながら、連也は宴会を開いてくれたことに感謝する。

単純に歓迎の気持ちが嬉しいこともあるが、北尾を殺す絶好の機会を作ってくれたことにも感謝しよう。


北尾が死んだことによって金の流れにも大きな影響が出て来るはずだ。


しかし、逆に言えば北尾が死んだことにより、そのポジションに就こうとする者が出るに違いない。

少しでも北尾より善良な人間であることを祈ろう。


さて、問題は次の標的だ。


色々とやることはあるが、北尾は結局は律羽を襲ったことには関わっていなかったようだ。

先延ばしになっていたが、状況を整理するとしよう。


片付けで走り回りながらも連也は翌日以降の計画を練り始めた。




結局、北尾の死が露見したのは二日後のことだった。


行方不明になったのは宴会の帰りだと、逃走した運転手により全てが語られた。

運転手を逃がしたのはミスでもなんでもなく、復讐に余計な人間を巻き込むべきではないと考えているからだ。


芦原連也は人間は殺さず、殺すのは獣以下の心を持つ輩のみ。


復讐の為に多くを殺すのはただの殺戮者だ。

やっていることは殺戮者だと言われようが、それだけは最後まで譲れないことだ。

幸福になるべき罪のない者の未来を摘み取るのは烈も望まぬ行為だ。


「まさか、あの後に命を落とすなんて・・・・・・」


律羽は事前に会ったせいで、それなりにショックを受けているようだった。

いかに北尾と親しくなくても会話した人間が死んだというだけで衝撃は大きい。


「金持ちだから恨みを買ってたのかもしれないな」


「ええ、その線が濃厚ね。それ以外に命を奪う理由なんて想像もできないわ」


残念ながら北尾が殺されたのはそれ以外の理由だ。

律羽が想像しなくてもいいくらいに悲惨な殺害の動機がここにある。


「さて、ちょっと授業まで出て来る」


「すぐに始まるけど、私も行った方がいいかしら」


「いや、大丈夫。石流教官に用事があるだけだから」


石流教官はどうせこの教室に来るが、周りに聞こえないように話をしたかった。

律羽にでも聞かれようものなら面倒な話に発展するかもしれない。

普通は教官に疑いの目を向ける生徒などいない。


しかし、天空都市の腐敗を知っている連也は誰であろうと疑いを向ける。


この学園の最高責任者が犯罪者なのだから、信用できるはずもない。


廊下に出ると生徒もほとんどいない廊下で石流教官が歩いてきていた。

まだ三十そこそこの女性で、緩くウェーブのかかった髪を流した優し気な雰囲気を持つ教官だ。


「すみません、教官。少しだけお話してもよろしいですか?」


「・・・・・・あまり、周囲に聞かれたい話ではないようですね」


階段の物陰まで移動してくれて、連也の話を教官は待った。

生徒の事情を察する洞察力と話を個人的に聞こうという柔軟性は教官として優秀なのはよくわかる。


「教官、少し前に教官から紹介していただいた任務に俺達は向かいました」


「ええ、大変なことが色々とあったようですね」


「そこで律羽が狙撃されたことは知っていますか?」


連也は遠慮することなく、鋭く切り込んだ。


「はい、月崎さんから直接に報告を受けていますよ。現在、調査中としか答えられませんね」


「まるで律羽があそこに来るとわかったいたような獣災の群れ、あの場所以外に候補のない狙撃。明らかに不自然でした」


「・・・・・・言われてみればそうかもしれません。芦原君の意見としてはどう考えていますか?」


相手の急所を突く構えを取ってはいるが、教官は表情一つ崩さない。


「どこかで情報が漏洩した可能性があります。教官にも是非、何かご意見がああればお聞きしたかったんです」


「成程、貴方は月崎さんと仲が良いですからね。心配になるのも無理はないですし、私も協力しましょう」


笑顔で連也を宥めて気持ちを汲もうとするのも教官としては評価される点だ。

優秀さを鼻にかけない態度、授業の質、面倒見の良さは教官としては理想形だ。

そう、傍から見ればそう見えるだろう。


「わかりました。お願いします」


頭を下げた時に伏せた顔は笑みを浮かべていた。


北尾を手にかけた時と同じ歪んだ笑みが唇には浮かんでいる。



―――知っているぞ、お前は英雄殺しの主犯の一人だ。



その優し気な仮面の下にどんな顔を隠しているか知れたものではない。

必ず律羽を襲ったことも吐かせてやろう。



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