第61話:一人目の後に
そして、しばし後。
大衆の前では一人の少年が淀みなく話を続けていた。
「天空都市では学ぶことが多くあります。技術やその活かし方を学ぶ度に天空都市の優れた点に驚かされます。しかし、地上の技術と組み合わせる、情報提供で天空都市に変化を与える形で貢献したいと思います」
改めて挨拶をという形で連也が代表して話をして律羽達の元に戻る。
少し前に北尾を殺めたというのに微塵も感じさせない様子で談笑する。
あの男の命を奪ったことを後悔などしていない。
人の心を捨てた者の命を奪い返しただけで、後悔などするのも惜しい。
あと三人、それが氷上烈を殺した人間だ。
そして、彼らが奪ったのは英雄の命だけではない。
律羽がいつしか話した中に“英雄の家族も命を落とした”とあった。
それは事実だが、真実を言えば首謀者達は氷上烈の才能と意志を受け継いだ者が再び上に立つことを恐れたのだ。
そして、以前より烈は天空都市の裏側を糾弾しようと情報を集めていた。
つまり肉親の中にはそれを知っている者がいるかもしれない。
そんな理由で英雄の肉親の住む街を獣災のせいにして焼き払った。
それだけ氷上という男は恐れられるだ力と正義感を持っていた。
“そうか、やったのか”と戻ってくるなり景は言った。
景は烈と親交が深かった者の一人だ。
しかし、命を狙われないのは、景が涙を呑んで英雄の死を無駄にしない為に理事長に従ったからである。
いつか天空都市の裏側を暴くと誓いながらも苦しみに堪えて学園の教官に上り詰めた。
元から優秀だった景は地上の任務に抜擢され、連也との通信手段を確立できたのも狙い通りだ。
あの日、氷上烈の意志を受けて景は連也と葵を地上に逃がした。
その時に必ず天空都市に帰ってくると約束を交わしたのだ。
「いい挨拶だったな」
「いえ、それっぽいことを並べただけですよ」
景と連也は笑い合うが、景の瞳には純粋な喜びはなかった。
連也に手を掛けさせたことに複雑な思いもあるだろうが、景が直接に手を下せば足が付く。
連也が実行犯となるのが最も確実な道だった。
「意外と器用なのよね、芦原くん」
「ごめんね、わたしはそういうの苦手だから」
申し訳なさそうに同じ地上代表の葵が謝ってくる。
彼女も北尾が死んだことは察しただろうが、表に出さないように努めているらしかった。
葵を会場にいさせたおかげで、万が一にも連也が罪を問われても葵だけは救える。
そんな打算があったと知られたら、彼女は本気で怒るだろうが。
「葵はいいんだ。お腹いっぱい飯を食って元気に跳ね回っていればいいからな」
「なんか、超子供扱いされてない?もしかして、女として見られてない?」
「いや、見てるつもりだが」
「・・・・・・ふーんだ」
意外に正面から返されて詰まった葵はすごすごと引き下がった。
まんざらでもないのは表情を見ていればすぐにわかる。
「ほんとギャップ凄いよね。敬語なんて使えなさそうなのにさ」
岬も相変わらず毒舌を発揮していた。
「俺は時と場所を弁える男なんだよ」
そして、挨拶をわざわざ中間に持ってきたのは連也が会場にいたことを大衆にアピールする為でもあった。
景教官と姿を消したのも印象付けるようにしてあるし、スピーチの準備だと言えば問題ない。
そして、北尾を殺した場所からここまでは並みのエアリアルでは到底到達できない距離だ。
それだけでスピードで連続移動できることは葵と景しか知らない。
ゲオルギウスの機能は空間を圧縮して相手を拘束するだけではない。
その機能の全てを知った所で、教官と一緒にいたという証拠がある。
犯行が露見する確率はゼロと言えた。
そして、地上から来た人間がこのタイミングで北尾を殺害するメリットがない。
注意するべきは次の犯行だ。
次の復讐は北尾の死で警戒を強めるだろうし、恐らくは時間がかかるだろう。
まだ天空都市で過ごせる時間は長い、気長に行くとしよう。
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