第60話:復讐-Ⅱ



ああ、ようやくここまで漕ぎ着けた。


今、会場では景に呼び出されて一時的に席を外していることになっている。

後で犯行が露見しないように準備は万端だ。

後は目の前の獣以下の男を潰すだけだ。


「な、何故だ。何故、私にこのような仕打ちを・・・・・・!!」


「ああ、わからないだろうな。お前には」


「今ならまだ許そう。今すぐ私を解放しろ!!」


「・・・・・・お前、今の自分の状況がわかっているのか?」


―――北尾は改めて息を呑んだ。


右腕を中心にエアリアルらしい手甲を装備している男の瞳は、以前が嘘のように冷酷で虫を見下ろすような目をしていた。

北尾は連也が自分を人間として見ていないことに気が付いた。


―――それを受けて連也は口を開く。


「皆の為に戦った人間を陥れるのってどういう気分だ?教えてくれよ」


北尾に訊ねる口調に底知れぬ怒りが宿っているのが自分でもわかる。

何のことかと聞き返そうとした北尾だったが、すぐに思い至ったらしい。

感心なことに死に追いやった人間のことは忘れていないようだった。


「・・・・・・氷上のことか」


「ご名答、あの人がお前を含む獣以下の奴等に殺されたのは知ってる」


「・・・・・・まさか、貴様は」



そこで北尾はある可能性に気が付いたのだろう。


地上任務で絆を得たにしては、あまりにも連也の憎悪は深い。

そう考えると答えは一つだろう。


「ち、地上から来たなんて出鱈目でたらめか・・・・・・!!」


「嘘じゃないさ、俺は地上からここに来た」


「・・・・・・地上に逃れた愚か者共の片割れだろう」


「愚か者だと・・・・・・?」


表情を歪めると右腕に装着したゲオルギウスの圧縮を発動し、拳をまだ殺さないように緩く握る。

右腕が軋みを上げ、北尾は表情を苦悶で染めた。


「平和の為に命を賭けた人間を死に追いやったお前らが愚かじゃないのか?俺はそんなくだらない言葉を聞きに戻ってきたわけじゃない」


地上から来たというのは真実だ。


しかし、正確には地上から戻ってきたと言う方が正しい。


連也と葵は紛れもなく天空都市の生まれだ。


だから、天空都市に関する基礎から教わることもなく適応できた。

エアリアルの練度が高いのも小さい頃から慣れ親しんでいたから。

ここ最近の知識は新たに会得する必要があったのも、昔の天空都市とどの程度の変化をしているかを把握する為だ。


二人はここで初めて見るであろう気圧の管理システムに興味を示さなかった。


それは慣れ親しんだ光景に今更、感じるものなどなかったからだ。

葵は久しぶりの天空都市に感慨深かったようだが、それだけだ。


「最後に聞いてやる。あの日、あの人を殺す企みに参加したのは誰だ?」


「そ、そんな人間は―――」


「・・・・・・・・・」


連也は北尾の言葉を待っている。

だが、北尾は連也と視線を合わせるなり言葉を呑み込んだ。


「今から幾つか質問をする。答えるかはお前次第だ」


この機会に情報を引き出しておくべきだと思っていた。

折角得た情報源だ、存分に活用してやろう。


そして、北尾はついに全てを語った。


「さ、さあ・・・・・・私を解放しろ」


この状況でも図太い発言が出来る辺り、度胸自体は据わっているようだ。


「ああ、いいぜ。ただし、俺の言う条件をもう一つ呑んだらな」


「・・・・・・条件とは何だ?」


「今話したことを世間に公表しろ」


「・・・・・・・・・くっ!!」


公表など不可能だと悟ったのだろうか、連也が視線を外した隙に北尾は懐に手を伸ばす。

その手には改造した銃が握られている。

やはり護身用に武器を隠し持っていたか。


だが、その銃は粉々に砕け散る。


「あ、がっ・・・・・・」


そして、北尾の体が宙に浮き上がって首を中心に固定される。

ゲオルギウスの圧縮で空間に首ごと押さえた状態で、辛うじて息が出来る程度だろう。


「残念だ。俺はお前達が本気で後悔しているなら命までは奪う気はなかった。でも、最後の機会をお前は失った」


情報の公表を求めたのは、連也に最後に残された彼らに対する哀れみだったのだ。

最後の機会すらも活かさなかった男に興味はない。


人間ではないと思いつつも躊躇った時間はわずか。



「お別れだ、北尾」



容赦なくゲオルギウスの拳は握られた。

人ではない獣の命まで背負ってやるほどお人好しではない。



続けよう、過去を清算する為の戦いを。



先に犯罪が露見するか、相手の命を奪うかの果てに手をかけるのは、あの男。



―――最後はお前だ、鏑木始かぶらぎ はじめ





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