第59話:復讐



―――北尾道節は世間から見ても有能な男だった。


金に対する天性の嗅覚を持ち、リスク管理を行う知識もあった。

彼が一代にして富を築き上げたのはセルを活かす燃料技術の賜物だった。

セルの一部を確保し、改良して流すことで独自の商材を作り上げたのだ。


技術を持つが資金がない、そんな職人や団体を利用して富を得ることに成功した。


だが、北尾に疑問を抱いた者はいた。

天空都市では人口が限られるのに、短時間でここまでの金を得るのは無理がある。

他から莫大な資金投入があったのではないか。


世間には公開していないが憶測は事実だった。


北尾はある日を境に資金提供を受け、金に目が眩んである陰謀に加担した。

それが悪事であることは百も承知である。

しかし、彼は好人物である表の顔と裏腹に本当は他人の善意でさえも損得勘定できる男だったのだ。


そんな北尾がある日、出会ったのは一人の男だった。


人々から英雄と呼ばれた男だった。


奔放ながらも正義感に満ち、間違ったことには声を上げられる真っ直ぐな性根の男。

そして、氷上という男が一部の勢力に疎まれていることも知っていた。


故に北尾は英雄である氷上を空から叩き落す為に手を貸した。


この偉大な騎士を空から落とすことでしか得られない資金に手を伸ばし、英雄であることなど関係ないと笑った。



「自宅まで頼む」


北尾は車の後部座席に身を落ちつけると息を吐き出した。

地上よりは自動車が発達しているわけでもないが、車の操作はセルのエネルギー効率とエアリアルの応用の操作技術により運用も安定している。

北尾は申請を出して使用している車にすっかり慣れてしまい、エアリアルの感覚も既に忘れていた。

あの日のことは忘れたことはないが、罪悪感というよりは現状への満足から来る回顧でしかない。

しかし、久しぶりにありありと細部まで思い出した。


あの芦原連也という少年は不思議なことに英雄、氷上を思い起こさせた。


容姿も似ていないし、あの男よりは礼節を知る少年だ。


だが、連也からは一種の勘とも言おうか氷上烈と同じ金の匂いがした。

それは英雄の資質なのかもしれないが、地上から来たという価値は英雄でさえ上回る資産を生む。

特に鼻につく男でもなかったし、それなりに仲良くやれるだろう。


内心でほくそ笑む北尾だったが、唐突に眉根を寄せた。



彼の乗っていた車が大きく揺れたからだ。



「な、何だ、故障か?」


屋敷で雇っている運転手に不機嫌な声を向けるが、年老いた運転手は戸惑うばかりだ。


「そ、外に出て確認いたします」


運転手はドアを開けて外に出るとタイヤを調べ始めた。

北尾も車が爆発してはと外に避難しながらタイヤを眺める。


「・・・・・・何だ、これは」


車のタイヤが握り潰されたようにパンクしていた。

エアリアルの技術を取り入れた停止ホールドに似た機能がなければ、車ごとどこかに衝突していただろう。


「車の不備じゃないのかね?」


「い、いえ、こんな傷跡は私は・・・・・・」


運転手が口を開きかけた時だった。


運転手の上げた右腕が何かに掴まれたように停止していた。

必死に引っ張ってもびくともしない。

それどころか、ミシリと握り潰されるように軋みを上げる。

あとわずかでも力が加われば腕ごと粉砕されるだろう。


「あ、ああああッ!!」


タイヤのように腕が粉砕されかねない。

本能的に判断した運転手は一目散にその場を逃げ出した。


「ま、待て、貴様!!」


怒りの声を上げるが運転手はそれ以上の恐怖に襲われて逃げ走る。

仕方ないと舌打ちすると北尾はまだ移動程度は出来るだろうと車の運転席に乗り込もうとした。


何が起こったのか知らないが、すぐにこの場を離れるべきだと本能が告げている。


運転手の逃げる気持ちもわからないでもないと、北尾は車のエンジンを入れ直そうとした。


その首筋が何者かに掴まれた。



「だ、誰・・・・・・だ、貴様ッ!!」


叫びながらも凄まじい速度で連れ去られて息が詰まる。



「がッ・・・・・・!!」


あわや窒息する寸前で地面に投げ出される。

息を吐き出しながらも転がされて高額のスーツも泥に塗れる。


そこで近くに人が立っていることに気が付いた。


暗い林の中では顔を確認する術はなかった。

しかし、まるで仕込んだように月の光がゆっくりと降り注ぐ。


そして、そこに立っていたのは。



「待ちかねたよ、北尾」


歪んだ笑みを浮かべた男。


彼が利用するはずだった男、芦原連也だった。

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