第57話:宴会


さて、ようやくこの日が訪れた。


連也は立ち上がると宴会の会場へと向かう。

服装は制服で構わないとのことで、そう堅苦しい会にするつもりもないと理事長は言っていた。


今日、ようやく戦いが始まるというのに不思議な程に心は静かなままだった。


やるべきことはやってきた、後は連也の心一つだと実感しているからだろう。

早めに部屋を出て、会場である学園の中庭には程なく辿り着いた。

宴会と聞くとお洒落なホテル等でのパーティーを思い浮かべるが、今回は本当に堅苦しいのは抜きのようだ。


中庭には照明が取り付けられ、空にはワイヤーが引かれて灯りを吊り下げている。


木々にも仕組みが違えどイルミネーションのようなものが設置されて彩りを添えていた。

クリスマスパーティーを思わせる野外ながらも美しい灯りが連也を出迎える。


「芦原くん、早かったのね」


準備を終えたらしい律羽は寄ってきて声を掛けてくる。


「実は今回は教官が中心で私も少し手伝ったのよ。どうかしら?」


「思ってたよりずっと綺麗で驚いた。ありがとう」


これを取り付けたのは恐らくは律羽だろうし、簡素ながらも歓迎の気持ちはよくわかった。

景もこの宴会に向けて色々と準備はしてくれたらしい。


「あれ、葵は?」


「まだ来ていないけど、前に部屋に寄ったら早めに行くって言ってたわ」


葵もまたこの宴会ではやるべきことがある。

事前までシュミレーションをしっかりと行っているのだろうか。

本番に強いタイプだし、機転も効くので心配は全くしていないが。


「楽しんでくれると歓迎する側としても嬉しいわね」


「ああ、待ちくたびれたよ」


その言葉は連也の本心だった。


ここまで日にちで言えば経っていないが、機会を伺って情報を集めて待ち続けた。

地上でも天空都市が見えた時にも思っていた。


ああ、やっと本懐を遂げられる。


歪んだ笑みが浮かびかかるのを理性で抑えてこの場に立っている。


「おお、芦原さん。ここにいましたか」


ふと視界の隅から聞き覚えのある声がかかり、そちらを見ると体を揺らしながら北尾と名乗った男が歩いてきていた。

今回の主催らしいので早めに顔を出したようだが、事前に宴会にも出席すると理事長が言っていた。

連也とも交流も持ちたそうなことを言っていたので、姿勢も学生に対するものとしては慇懃だ。


「はい。会を開いて貰って感謝します。是非、宴会の席でもゆっくりお話ししたいですね」


連也も相手の態度に合わせて慇懃に礼を行う。


「私は途中で席を外しますが、出来るだけ長く出席いたしますよ」


「お帰りの際は声をかけてください。最後にご挨拶もしたいですから」


相変わらず敬語を使う連也に違和感があるのか、律羽は奇妙なものを見る目をしていた。

別に敬語くらいは使えるのだが、どうもそんな認識ではないようだ。


「では後程。是非、芦原さんとは今後も親交を深めたいものですな」


「ええ、機会があれば是非お願いします」


だが、恐らくはそんな機会は訪れないだろう。


景にも話した理事長の元で得たもう一つの収穫はこの男、北尾道節だ。

葵の調査でも明らかになっていた、この男の罪深さ。

何より、この男は絶対に許されてはいけないことをした。


故に今日が終われば連也と北尾はもう触れ合うことは二度とない。


今日、連也の悲願の最初の一歩で犠牲になるのは北尾だ。


もう出会う必要も親交を深める必要もない。



―――今日、お前は罪を背負って死ぬのだから。



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