第56話:それぞれの思い
「まあ、いいわ。芦原くんの交友関係に口を出すつもりはないし」
「そうか、それならいいけど」
連也も首を傾げながらも言葉を飲み込んだ。
自分でもよくわからないことを彼女に追及するのも意味のない話だ。
「月崎さんは読書はしないんですか?」
光璃が律羽も仲間に引き込もうと声を掛ける。
「私も嫌いではないわよ。何かお薦めがあれば借りていこうかしら」
そんな歩み寄る気持ちを無下にする彼女ではない。
律羽も先程の複雑そうな表情をすぐに消して友好的に接する。
二人が仲良く本を選ぶ様子を連也は微笑ましく見つめていた。
律羽も光璃も本当に優しい少女だし、仲良くしてくれるのは嬉しい。
律羽とも趣味を共有できるのはいいことだし、邪魔をせずに見守った。
「そうね、物語の方がいいかしら。あまりそれ以外を読むのは得意ではないわね」
「勉強の時は色々読むんじゃないんですか?」
「勉強は勉強っていう意識で読むのよ。趣味まで難しい本を読むと疲れるわ」
「ふふっ、連也さんも似たことを言ってました。二人は似たもの同士ですね」
「・・・・・・そんなことはないと思うけど」
まんざらでもなさそうな表情で視線が連也に飛んでくる。
似たもの同士でもないというのは同意だが、完全に否定もし切れなかった。
連也と律羽が根本に持つ正義は非常に似通っている。
誰かの笑顔の為に頑張る、自分が体を張る、その心は二人が共有できる。
だからこそ、律羽も心を開いてくれたのだろう。
律羽が真っ直ぐな少女なのは連也も知っている通りだ。
あそこまで優秀でなくとも連也も真っ直ぐに育っていれば似たような人間になっていたかもしれない。
少なくとも昔の連也は自分の持つ正義に対して真っ直ぐすぎると窘められていた。
だから、律羽は眩しく映るのだろう。
真っ直ぐに進んできた律羽。
不器用なりに進んだ結果、歪んだ道を選んだ連也。
似通ってはいても選んだ道が違うからこそ、真っ直ぐに進んだからこそ連也は律羽を守りたいと願うのかもしれない。
そんな歪んだ自分を自覚しても連也は今更になって道を変えることは出来そうになかった。
「芦原くんはもう本を選んだの?」
「いや、まだだけど。律羽が先に選んでいいぞ」
「後で貸し合えばいいんだから、一緒に選べばいいじゃない」
「それもそうか。趣味が合うかはわからないけどな」
律羽もミステリー系には興味があるらしく本棚は一緒だ。
「これなんてどうかしら、少し気になったんだけど」
裏のあらすじを見て律羽は気になった本を差し出してくる。
連也は目を通すと、一瞬だけ目を細めた。
復讐で動く犯人目線とそれを追う探偵の目線で語られるミステリーだった。
特に思う所はないのだろうが、今の連也には少しばかり苦しい内容だ。
「・・・・・・こういう復讐の話ってよくないとは思うんだけど、何か考えさせられることもあるのよね」
律羽は表紙に目を注ぎながらもそう言った。
「えっ・・・・・・?」
意外な発言に連也は視線を向けて聞き返す。
人々を正しく救おうと戦う律羽らしからぬ言葉だった。
「こういう話はどうにもならなくて、復讐しか手段がなかった場合が多くて・・・・・・頑張らなきゃって気分になるのよ」
戦う彼女だからこそ、こういう救われなかった人間の話を見ると出来るだけ多くの人間を救いたいと思うのだろう。
同情を超えた自分で動くことで、こんな気持ちになる人間を減らしたい。
それは美しい、彼女の人柄もわかる言葉だ。
その気持ちは本当に好ましく思う。
だが、復讐者の気持ちを理解はできていない。
それでいい、月崎律羽はそのまま進むべきだ。
そして幸福になって多くの人々を幸福にするのが正しい在り方だ。
だが、芦原連也もそのまま進む。
例え最後には報われない終わり方をしようと、進む以外に未来がない。
幸福になるにしても、誓いを果たすまでは幸福は有り得ない。
―――さあ、舞台へと進もう。
―――始めよう、物語の一幕を。
真っ直ぐな律羽、平和を愛する光璃。
それぞれの思いが交錯する中、ついに。
宴会の日を迎えるのだった。
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