第55話:図書館の聖女と至高の騎士
「ああ、俺に答えられることならな」
当然ながら連也は快く応じる。
光璃の人柄の良さはわかってきたつもりなので、突拍子の無い質問だったとしても何か意味があるに違いない。
「連也さんは・・・・・・例えば獣災の中に言葉を解し、心がある個体がいたとしても戦うんですか?」
「心・・・・・・?」
「はい。あれだけ数がいれば、そんな個体がいても不思議じゃないと思うんです」
それは天空都市の中では禁忌に近い思想。
襲ってくる無数の敵に心があるかどうかを判断していては戦う前から負ける。
騎士は敵には心がない、そういうものだと認識して刃を振るうしかないのだ。
空の一欠片でしかない天空都市が生き抜くには、そういった共通認識を持って戦う集団が必要だった。
だから、誰もそんなことは考えないようにしている。
それでも、光璃の言うことはある意味で真理だ。
人間としても騎士としても大切なのは心だと、連也は考える。
「敵は敵と思って戦うのが騎士としての在り方だって、ここでは教わるな」
「・・・・・・はい、それはわかっています」
気まずそうに肩を縮める光璃は自分の発言が天空都市の思想にそぐわないものだと認識しているはずだ。
それでも天空都市の外から来た連也だからこそ話をしてくれたのかもしれない。
「それがあくまで騎士として教えられる常識。俺の考えしては光璃は間違ってないと思うぞ」
「えっ・・・・・・?」
「人間だろうと獣災だろうと大切なのは相手を思える心だと俺は思う。だから、もしそんな獣災がいるなら友達にだってなるさ。いい奴なのに命を奪うなんて出来ないだろ?」
連也は笑みを浮かべると光璃を見返す。
彼女同様、自分の言っていることは天空都市の中でも明らかな危険思想だ。
敵だろうと心があるなら戦わない、騎士としての務めを放棄すると言っているに等しい。
だが、連也にも譲れないものがある。
大事なのは種族ではなく心。
人間だろうと獣以下の心しか持たない輩は複数存在する。
人を陥れて自分の欲望を満たし、人を死にすら追いやろうとすることもあるのだ。
知恵を持つが故に獣より厄介で、知能があるが故に人の心を解さないのは獣に劣ると言い切れる。
「・・・・・・噂通り、連也さんは変わってますね」
「光璃だって、そんなこと言い出す奴は一人もいなかったぜ」
「じゃあ、例えば私がいきなり獣になったとしても仲良くしてくれますか?」
「おう、当たり前だろ。光璃はいい奴だしな」
事も無げに答える連也に光璃は悪戯っぽい笑顔を向けてそんなことを言い出した。
こういう冗談が言える関係になったのも、彼女とは妙に気が合うからだった。
思ったことをはっきりと言う連也と、やんわりと言葉を挟みながらも話を聞く光璃の相性は抜群のようだった。
その時、入り口ががらりと開く音がした。
大分早めに図書館に来たのでまだ時間はあるはずだった。
「あれ、芦原くん?」
そこに立っていたのは律羽だった。
あまり一人になるなと言っておいたのだが、寮から学園までの道ならまだいい。
「随分と早いのね。それと天瀬光璃さんよね?図書館の管理をしてくれているのは知っていたけど、早くから来てるわね」
「はい、少し読書をしてから学園に行くことにしていて」
相変わらず律羽は他人の顔を覚えるのが得意だった。
もしかしたら図書館を利用した時に覚えたのかもしれないが、彼女が朝の時間に図書館を使っていることも特に注意する様子はない。
朝に図書館が開いているのは岬からの情報だが、本来はもしかしたらグレーなのだろうか。
「いつもありがとう。空いた時間に読書するのも悪くないわね」
律羽はこういう所では決して堅物と言える女ではない。
普段に一生懸命やってくれているのだから読書も特権だろうとさりげなく言葉に匂わせたのを見て、連也は相変わらずだと感心さえした。
「芦原くんは毎朝来てるの?」
「いや、毎朝ってわけじゃない。早起きして部屋で読書する習慣だったけど、ここでもいいだろ?」
「連也さんが来てくれて私も楽しいです」
「光璃が紹介してくれる本は面白いからな。ここでの暇つぶしに最適だ」
「・・・・・・連也さん?光璃?」
律羽がぴくりと眉を動かして二人を見比べる。
その様子は連也から見ても、あまり機嫌がよろしくない表情に見えた。
「どうした律羽。何か悪いもんでも食ったか?」
「いえ、別に。それにしても二人とも随分と仲がいいのね」
「まあ、読書仲間だからな。仲はいいよな?」
「はい、仲良しです!!」
にこにこと嬉しそうに笑う光璃を見て何とも言えない表情の律羽。
それを見ている連也も決して人の気持ちを読めない男ではない自負はあったが、今の律羽の気持ちは測りかねた。
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