第53話:図書館の聖少女-Ⅱ
「芦原さん、エアリアルを使うのがとっても上手だって噂になってますよ」
「まあ、そんな大したものじゃない。天瀬はどうなんだ?運動神経は悪くなさそうだけど」
エアリアル関連の書籍は数も多いが、念の為に聞いておいただけで今日はミステリー方面に戻ろう。
今はリフレッシュする為に来ているので、具体的な指標がない調査は後回しだ。
「私はえっと、ぼちぼちです」
わずかに考え込むとにっこりと笑う光璃。
少し変わってはいるが、いい子なのは間違いないらしい。
「折角だし、お勧めはない?ミステリーが望ましいけど、他のジャンルでもいいぞ」
「ミステリーですか・・・・・・そうですね。これはどうでしょう?すっごくトリックも凝っていて読みごたえがありますよ」
一冊の本を抜き出して差し出してくる。
どうやら天空都市で書かれたミステリーらしく、飛空艇の中で起きた事件を題材にしたものらしい。
持ってきた本ばかりではなく、図書館の本に触れるのも悪くはない。
「ありがとう。それにしても詳しいな。ここに毎朝いるのか?」
「大体はいますね。私、ここの管理もしているんです」
「えっ?じゃあ、学生じゃないの?」
「学生ですよ。私が本が大好きで入り浸っていたので、任務に似た形で図書委員にして貰いました。私は皆さんみたいに戦えないですし」
「そうか。別に俺も好きなわけじゃないけど、好きなことで貢献できるってのはいいことだと思うぞ。戦い方なんてそれぞれだ」
全員が戦って敵を倒せなんて思っていない。
それぞれが戦う場所、方法、それらは強制されるものでなければ本人の意志を無視して選ばせるものでもない。
「ただ、ここにいる以上は戦わなきゃいけないんですけど、普段はここで蔵書管理です」
寂しそうに笑う光璃だが、その笑みには今の立場に満足した様子が見て取れた。
彼女なりに本と接する静かな生活に満足しているのだろう。
そして、寂しさを浮かべたことからも他の人間が戦えばいいと思っていないとわかる。
彼女は戦いが好きじゃないし、戦う手段もほぼ持たない。
だからこそ、この仕事を選んだのだろう。
それに文句を付ける権利は連也にはない。
「それじゃ、遠慮なく今後も本の紹介を頼もうかな。俺も本は結構好きだからな」
「はい。私で良ければ喜んで」
「天瀬はいい奴そうだしな。朝の読書仲間が出来て嬉しいぞ」
「そんなことないですよ。芦原さんが急に話しかけたのに気さくに応じてくれたおかげです」
そうして二人で読書しながらも談笑する。
別に連也は難解な本まで好きなわけではない。
それは光璃にも伝えたが、物語調でなければ長時間は読みにくい。
そんな色々な小説への好みも光璃は嫌な顔一つせずに真摯に答えてくれた。
「あ、じゃあ俺はそろそろ行くけど授業はいいのか?」
「私は少し本の整理をしてから行きたいので、連也さんは先に行ってください」
「ああ、じゃあ光璃も頑張れよ」
「はい。いつでも遊びに来てくださいね」
いつの間にか名前で呼び合っていた二人はそれぞれの場所へと赴く。
不思議な程に意気投合した二人だった。
そして、連也が去った後。
図書館には光璃以外にも一つの足音が鳴っていた。
「何をしに来たんですか?」
光は連也に対するよりも幾分か棘を含んだ声で来訪者を出迎えた。
整理していた蔵書をその場に置くと、彼女は真っ直ぐに足音の主を見据える。
「やあ、今日もご苦労だね」
「暇そうなのは貴方です。理事長とお呼びした方がよろしいですか?」
「好きに呼びたまえ。少し時間があったから足を運んだだけだよ。そう睨まないでくれ」
この男への嫌悪を瞳には浮かべるが、それでも丁寧に応対する辺りは彼女の人柄と言えた。
だが、それは表向きの態度だけの話で、この男にだけは言葉の遠慮も配慮も不要だと彼女は思っている。
「単に元気かどうか様子を見に来たんだ。君を学園に受け入れたのは私だからね」
「心配は無用です。私は何もしませんから」
「そうだろうね。何かするならとっくにしているさ」
蔵書管理の続きを再開し、光璃は理事長に向けて言い放つ。
それを受けて理事長は一つ頷くと手元の本を捲る。
「君は本当に変わり者だよ。君を打倒できる人類等いないと言うのに」
「貴方の駒になるとは思わないでください。私は戦いに関わるつもりはありませんから」
「ああ、わかっているさ。君は読書を楽しみ、空の上で暮らせる天空都市を愛している。学園生活も君なりに楽しんでいる。どうかな?」
「・・・・・・・・・そうです」
下を向いて光璃は声を絞り出す。
読書が好きで、学園の皆が読書をしに訪れてくれる環境が好きだった。
平和を望んだからこそ、本来なら入学できなかった彼女はここにいることが出来ている。
「私は戦いが嫌いです。ですが、貴方が妙な気を起こせばその限りではないことをお忘れなく」
「君を敵に回すつもりはないし、天空都市を愛しているのは私も同じだ。君に勝てる人間などいない。敵に回せば私も死ぬ」
光璃の方が立場が上にある状況で理事長は飄々と笑っているだけだ。
恐怖も危機感も全くない、ただ自分がそこにあるのが当然だとでも言うように立っている。
「自分を人間でないと思ったことはありませんよ」
「ああ、私も君を人間として認識している。だが―――」
歪んだ笑みを浮かべ、光璃に視線を投げる理事長、鏑木始。
「世間が君を
「私は穏やかに暮らせればそれでいいんです」
もう話は終わりだとばかりに光璃は始に背を向けて、蔵書を運んで裏に下ろした。
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