第46話:敵襲-Ⅳ
敵の姿はまだ捉えられず、このままでは逃げられる。
この状況では逃げ回る方が有利になる。
連也でさえもすぐに追いつけない相手の速度があっての話ではあるが。
だが、連也とて手をこまねいて回避のみを行っていたわけではない。
勝負は相手が次に襲ってきた時。
次の紅の輝きを身を屈めて避け、その瞬間に連也は右の拳を握る。
ゲオルギウスの空間圧縮が発動。
相手の攻撃の出所と思しき場所の周囲一メートル程を握り潰す。
守りに回るだけではダメだ、相手の勝利条件は逃走成功と連也の無力化だ。
こちらは相手を捉えなければ負けである。
同時に二発目の弾があらぬ方向に発射される。
恐らく弾の弾道から見て相手は右利き、恐らくは右腕を半分潰した。
左腕に持ち替えたか、無理やり右腕で弾を送ってきたか。
どちらにせよ、手掛かりは得た。
「・・・・・・・・・何?」
だが、すぐに連也は足を止めた。
追っていたはずの敵の気配が急に消えたのだ。
神経を研ぎ澄ますが、今までのように危険な感覚はない。
念の為に足は止めずに周囲の様子を伺い、木の裏に姿を隠す。
気配が消える瞬間に木ががさりと揺れた気がしたが、あれは何か関係があるのか。
逃げたとすれば空だが、何らかの方法で林に潜んでいた場合は逃げられる。
それに空から逃げる人間がいれば外にいる誰かが気付くはず。
どちらにしろ手掛かりは得た、焦る必要もない。
連也は葉に付いた血痕をサンプル採取用に持ち歩いていた小型容器に回収する。
これで今日ここにいたのが誰かはわかる。
学園関係者ならば右手に怪我をしている人間が敵のはずだ。
今日はここで無理をしても仕方がない。
念の為に周囲の探索を行うと連也は諦めて引き上げた。
やはり林を出るが、敵の姿はどこにもなかった。
「芦原くん、大丈夫なの?」
飛空艇に戻ると律羽が心配そうに出迎えた。
律羽は恐らく連也の方に合流するかに迷ったはずだが、狙われていたのが自分だと認識したらしい。
律羽が力を貸せば捕らえられるかもしれないが、それはリスクもあると踏んだのだろう。
律羽は技術も経験もエアリアルの能力の高さも全てを持ち合わせた騎士だ。
まさしく能力でも人格でも最高の騎士と言える。
だが、人間からの悪意という点で律羽は全く耐性がない。
本来ならばそんな経験があるはずがないのだが、人間に命を狙われる際に律羽は能力値を存分には発揮できない。
それを理解したからこそ、彼女は恐らく連也を追ってはこなかった。
血が滲む程に掌を握り締めて、それでも連也に任せる方がいいと判断した。
「ああ、怪我一つしてない。大丈夫だ」
「連也、あれは獣災だったわけ?僕にはそう見えなかったけどね」
岬は最初に全員が突っ込むか迷っていたことを口にする。
岬との交友関係で個人的な事情以外での誤魔化しは通用しない。
さて、どう答えるべきか。
「・・・・・・俺にもわからない。だから、獣災ということにしておいてくれ」
「で、でも・・・・・・人間の可能性もあるってことだよね?」
琴音がたまりかねたように口を挟む。
律羽が狙われたとすれば今後も狙われ続けるということだ。
それを獣災かもしれないから、だけで片付けるのは違うと言われても仕方がない。
「俺と律羽で少し話をさせてくれ。悪いけど、飛空艇の操縦を頼んでいいか?」
「いいよ、僕がやる。後で内容は教えてくれればいいから」
「悪いな。琴音は戦闘データの分析を頼む。もし、取れているなら俺が向かった林から飛んで行った奴がいないかも見てくれ。葵も分析を手伝ってやれ」
「わかったよ、作戦は任せるね」
「まー、二人に任せとけば何とかなるよ」
「ほんと上城は連也のこと信頼してるよね」
「当然。何とかするよ、連也なら」
葵はそうでしょ?と言いたげに視線を送ってきたので、肩を竦めて応じる。
相棒の信頼に応える為にも上手い落としどころを探すしかない。
操縦を買って出てくれた岬に感謝しつつ、律羽に視線で了解を取る。
首肯が返ってきて律羽と個室に向かう。
部屋の椅子に腰を落ち着けると律羽は口を開いた。
「あれは私が狙われたって認識でいいの?」
「多分な。相手の姿をはっきり見ていないのは本当だけどさ」
「見ていたかわからないけど、芦原くんと出会った初日にも似たようなことはあったわね」
やはり、あの狙撃に気付いていたようだ。
目撃者も多かったのであの日は目立たない狙撃にしたのだろうが、今回は状況的に判断して容赦なく狙ってきた。
その不自然さに気付いているのなら隠すこともない。
「右腕は潰した。恐らく学園の関係者で右腕に傷を負っていたらそいつが犯人の可能性が高い。覚えておいてくれ」
「・・・・・・わかったわ」
「今後、似たようなことがあるかもしれない。はっきり言う。律羽は人間に狙われたら防げない」
あくまでも目的の為にだけ言えば、この件に関わる必要はないかもしれない。
だけど、そんなに賢い人間だったらここにはいない。
誓いと目的と、両方を抱えて滑稽に足掻くのが芦原連也の本質なのだから。
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