第39話:もう一つのプロローグ


「はぁ・・・・・・結構楽しかったわね」


「ああ、そうだな。意外と熱中してた」


こういう体験は新鮮だからか、二人は顔を見合わせて笑う。


「それにしても、意外と律羽って不器用なのな。斧に振り回されてたぞ」


「なっ、芦原くんが似非初心者なだけじゃない!!普通は初めての武器なんてこんなものよ」


先程のゲームの感想を言いながら笑う、こんな経験をしたのは葵以外とはあまり経験しなかったことだ。

友人も地上ではいたが、ゲームよりもスポーツに興じることが多かった。


「似非初心者はないだろ。まあ、そうなんだけどな」


「えっ・・・・・・?」


律羽が思わぬ言葉に怪訝そうな顔をする。

全てを明かす義務などないし、デート中に言うことでないのはわかっている。

それでも、彼女に言うなら今しかないと思った。


「詳しくは言えない。でも俺はエアリアルの手ほどきを受けたことがある。察してただろうけどな。嘘吐いて悪かった」


彼女は自らの弱さも何もかも晒した上で連也と一緒にいてくれる。

それを全て嘘で塗り固めたままで接するのは許せなかった。

彼女の誠実さにまで嘘を吐く気がしていた。


だから、この辺りまでが果たすべきことと天秤にかけたギリギリのラインだ。


「まあ、どう考えてもそうだったわね。何か事情があるのね?」


「そうだ。勝手だけど今はまだ言えない」


中途半端に話して、これ以上は踏み込むなとはとんだ身勝手だ。

しかし、これ以上は踏み込めない。


彼女でさえ今は踏み越えさせられない最終ライン。


「それは例えば地上に技術が流出している、とかいう理由ではないのよね?」


「ああ、それは違うって断言できる」


「そう、それならいいわ。天空都市に不利益な話じゃないなら無理に聞くことでもないわよ」


「・・・・・・そうか」


不利益な話ではない、とは言えなかった。

その嘘だけは口に出来ないと連也自身が固く誓っていた。


「次行きましょう。すっきりしたわ」


それでも律羽はそれ以上は追及しなかった。

何か辛い過去を背負っている、と彼女なりに察してのことだろう。

本当にこの少女はどこまで優しいのだろう。


もう十分に連也は律羽から色々なものを貰っているというのに。



そうして、デートの時間はあっという間に過ぎていく。


本当に、心から楽しかった。



食事をして、律羽と二人で帰路につく。


「ありがとな、本当に楽しかったよ」


「ええ、私も楽しかったわ。久しぶりにやりたいことは全部やったもの」


「それはデート成功ってことでいいのか?」


冗談めかして連也は訊ねる。

その返答に少しだけ詰まったが、無言で彼女はこくんと頷いた。


「それじゃ、また誘ってもいいのか?」


「・・・・・・ええ、いいわ」


何となく照れ臭くて、頬を掻きながら視線を向ける。

すると律羽も隣を歩く連也をちらりと見て、視線がばっちりと合う。


ふいっとさりげなく目を逸らされる。


「それなら落ち着いたらまた誘うからな」


「任務はおろそかにしないことね。それと問題は起こさないようにね」


いつもの彼女の調子が戻ってくる。

優しくも言うことはしっかりと注意して来る、騎士長としての彼女の顔。

でも、その中には気安さと親愛の情が幾分か増している気がした。


そういう意味でも今日のデートは成功だったのだろう。



―――だが、そんな浮かれた気分も長くは続かなかった。



一人、部屋で今日の余韻に浸っていると。



『連也、宴会の日にちが決まったぞ』


個人回線を開いている為、盗聴の危険はない端末で景からの連絡を受ける。


「ああ、そうだったな」


『そうだったなとは何だ。ここが正念場だぞ』


「ああ、わかってる」


そして、日にちと詳細を伝えると景は通話を切断した。

履歴もあちらから消去してくれるはずなので、ここから漏れる心配はゼロだ。


決行までは、あと十日。


律羽との楽しかった時間を過ごした芦原連也は嘘じゃない。

だが、果たすべきことに挑む芦原連也もまた本当の連也だ。


罪のない人間は救われるべきだ。

他人の為に頑張れる人間も報われるべきである。

自分の限界に本気で挑める人間も相応の成果を得るべきだ。


それは連也の生きる上で持つ誓いであり信条だ。


そして、もう一つ。


罪を抱えた人間はどうするか、答えは決まっている。



自らの欲望で他人の命を奪った人間は―――



いつかの歪んだ笑みが連也の口元に浮かぶ。



―――そんな人間だけは、罪をあがなうべきだ。


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