第37話:ショッピングタイム-Ⅱ
さて、日用品の売っている場所に来たはいいが。
「何か欲しい日用品はないの?」
「特にない。大体は揃えたしな」
「ショッピングモールの案内って意外とやることないのよ」
天空都市におけるショッピングモールは地上とあまりイメージは変わらない。
ただし建物の上に取り付けられた小規模な風力発電が見た目を少し違うように見せていた。
天空都市は緩衝膜を通り抜けて来たわずかな風さえも発電用として使う。
資源になるものは少しでも活かす、そうすることでおとぎ話めいた天空都市は成り立っている。
「そういえばここって風力発電多いけど、雪で潰れたりしないのか?」
「緩衝膜を張ればいいんじゃないかしら。それに話には聞いたことあるけど、雪は降ったことがないわ」
天空都市は雲の上にある不思議な都市で、その原理はさておき制限は多い。
だから、雪が降ることがあったにしても高度を下げなければ天候の影響を受けられないのだ。
「でも、雨は降るよな」
「そうよ。雨は水として使えるし、雪は出来なくはないけど埃を吸って汚い上に重量的なデメリットもあるわね」
律羽先生は優しく教えてくれる。
雨水を浄化すれば飲めるし、生活用水としても使い勝手がいい。
だが、雪は衛生面もある上に霧状にして外へ廃棄しづらいので天空都市に負担を強いる可能性があるらしい。
車の許可といい、空に浮くには重量の問題は付き纏うようだ。
雨の場合は天空都市はわずかに高度を下げて雨を受けに行く。
地上に行く程には下がらないが、多少の高度調整なら可能なのだ。
天空都市が確認されたのも、高度を少し下げた時にぎりぎりレーダーに引っ掛かったに過ぎない。
緩衝膜を雨の時は少しだけ弱めるが、天空都市の雨は地上の雨程に絶え間なく降り注ぐわけではない。
「だから、私達は雪を見たことがないの。一度見てみたいものね」
話に聞く雪へと思いを馳せて目を細める律羽。
「それじゃ、いつか見せてやるよ」
「そうね。交流が始まった今なら夢じゃないかもしれないわね」
色々な話をしながら二人で歩くが、不思議な程に違和感がない。
出会ってからはそこまで経っていないのに、言いたいことを言い合える仲になっている。
「それにしても皆のお陰でもあるが、学校生活にも慣れたもんだ」
「あなたと葵の順応性が異常なのよ。もう、大体のことはわかったんじゃない?」
「まあ、後は人の顔と名前と授業の中身を覚えるくらいだな」
「・・・・・・改めて、本当に変な人ね」
ため息と共に律羽はそう言った。
最初にも言われた気がするが、今はその言葉に親しみさえ感じられた。
「・・・・・・そうか?」
「やりたいようにやっているように見えて、人のことを意外と見てる。一見すると変だけど、あなたなりの信念があるのはわかってるつもりだから」
「過剰評価だろ。それを言うなら律羽の事だって凄いと思ってる。俺なりに律羽のことは見て来たつもりだからな」
「私・・・・・・?」
連也が最も近くで見て来た人間が律羽と言って良かった。
これだけ言葉を交わし、一緒にいる時間も長ければそれなりに見えるものがある。
「騎士筆頭で葵を圧倒する位に強い。皆のこともよく見て、手本になるぐらい品行方正、頭がいい」
「・・・・・・それこそ過大評価じゃない」
「なんて、よく言われてるだろ」
にっと笑うと律羽はきょとんとした顔で見返してくる。
その、よく聞く評価に対して続きがあるとは思わなかったのだろう。
確かにそれは律羽が実行しようとしている目標でもあり、その評価もまた嬉しいのかもしれない。
だが、それは律羽の本質じゃない。
「意外と心配性で自分が失敗しないかにたまにビビってる。本当は言われてるほど、自分にも自信がない。評価ほど自信がないから気負い過ぎる時もある」
「・・・・・・散々に言ってくれるわね。大体合ってるけど」
どこかすっきりした表情でため息を吐く律羽。
それはボロクソに言われたことよりも、本当の所を知ってくれていたという安堵にも見えた。
「昔、そういう人がいたよ。自分が完璧じゃないって知ってるから、余計に皆の為に頑張っててさ」
思い出すのはエアリアルを教えてくれた男の姿だ。
格好悪い所だって見て来たのに、世界一格好いいと思える男だった。
「・・・・・・珍しいわね、あなたがそういう話をするのって」
「思い出したんだ。自分の限界に挑める人だったから、かっこいい。凄いと思ってた。俺はそういう人間が一番好きだし、俺にも何か出来るんじゃないかって気持ちにさせられるんだよ」
何も飾らない気持ちで、伝えたことも全て真実だった。
自分と正面から向き合って頑張れる人間は報われるべきだ。
律羽と会って惹かれたのは正義感や気高さもそうだが、他人の笑顔の為に頑張れる人間だと直感したからだ。
そうして見ていて気付いた。
彼女は己が至高の騎士に見合う人間だと納得していない。
納得したいと思って足掻いている。
それが一見すると隙が無い月崎律羽が持つ最大の輝きなのだ。
「私を見ていてもそう思うってこと?」
「ああ、俺は頑張ってるお前が好きなんだ」
「・・・・・・好き、なのね。私のこと」
訂正する気もないし、恋愛的な告白でもない。
だが、彼女の努力と研鑽に報いる言葉が他に見つからなかった。
努力を認める、評価する、凄い、全部が違う。
芦原連也はその在り方が好ましく思っていると、それ以外にかける言葉はない。
彼女と対等の立場のままで称賛する言葉がない。
告白でもなく、ただ真っ直ぐに相手を認める言葉。
「はぁ・・・・・・そういう意味じゃなさそうね。行きましょう」
律羽は連也の真っ直ぐな視線を受けて意図を悟ったらしい。
少しだけ赤くなった顔をそっぽに向けて、嬉しそうな色を含んだ瞳だけを連也に向けて。
「デートしてあげるわ、今日だけ特別にね」
「ははっ、そりゃ光栄だな」
二人は一歩分近付いた距離感のままで歩き出した。
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