第36話:ショッピングタイム


そして放課後、連也は一通りの授業を終えて戻ってきた。


間には葵のいる授業もあったものの、教室に帰ってくるのは初めてだ。

久しぶりに律羽の隣の席に戻ってくる。


「たまには私の監視抜きっていうのも楽しかったんじゃない?」


律羽は別に嫌味で発言しているわけではない。

瞳には柔らかい色を浮かべたままで、軽口を叩ける程に仲良くなったと喜んで良さそうだ。


「そんなことないぞ。俺はお前と話してて楽しくなかったことなんか一度もない」


「あ、あなたってどうしてそう恥ずかしいことを堂々と・・・・・・」


そうやって意外と照れ屋なのが何だか可愛い、なんて言えなかった。

それに律羽がいると楽しいと思っているのは紛れもない事実だ。

葵が言うように恋愛感情うんぬんは置いておいて、やはり月崎律羽という少女を気に入っているのは間違いなかった。


「そういえば今日はこれから空いてる?空いてるなら街を案内するわよ」


「だってさ、岬。折角、前に声かけてくれたし良かったら来てくれないか?」


「残念、僕は今日はエアリアルのメンテなんだよね」


「そういえば、岬のエアリアルって固有なのか?」


「もちろん。僕はそれなりに優秀だからね。ガッチガチの前衛型」


「意外と言えば意外だな。まあ、用事があるならいいや。また遊びに行こうぜ」


固有兵装は日にちを割り振ってメンテナンスを行っていると聞いた。

出力が高い故に故障する危険性も加味しているらしいが、実際はそうでもないらしい。

後で聞いた話だが、律羽と初めて出会った日はメンテナンス日だったそうだ。


「葵も来いよ、お前も街は知っておいた方がいいだろ」


本当は事前に潜入したことで地理にはそれなりに明るい葵だが、ここで誘わないのも不自然だ。


「ごめん・・・・・・。来るの遅れた分、今日は補習だって」


がくりと肩を落とす葵に少しだけ申し訳ない気持ちになる。

街を探ってくれと言ったのは連也の頼みであり、そのせいで彼女は余計な補習を受ける羽目になった。

目線で“すまん”と告げると、“平気平気”とアイコンタクトが返ってくる。

今度、何か埋め合わせに美味しい物でも食わせてやろう。


「それじゃ、今日は律羽と行ってくるからまたの機会にしような」


「結局、二人になったわね。まあ、案内は早い方がいいから行きましょうか」


「二人とも楽しんできてね、連也とデートなんて羨ましいけどさ」


「デートなんかじゃないわ。葵もいつでも案内するから、今日は頑張って」


律羽は今日もとても優しかった。


こうして図らずも二人でお出かけすることになった。


天空都市を自由に出歩いた機会は実はあまりない。

食事は寮に弁当を届けて貰っていたし、外を出歩くのも夜に色々と準備をしていたせいでなかった。


「どこから案内しようかしら。夜ご飯は外でいいわね?」


「ああ、いいよ。天空都市の美味いものを知っておきたいし」


そして、律羽が最初に連れて行ってくれたのは大通り沿いにあるごく普通の小綺麗な店だった。

天空都市では地盤を考えて許可を得た車以外は通行できないし、通行可能な道は具現化された標識ですぐにわかる。

だから、大通りと言っても、地上で言う歩行者天国に等しい。


「おお、律羽ちゃん。今日はどうしたんだ?」


気の良さそうな中年の男が律羽を見るなり相好を崩す。

どうやら律羽は店主の間でも顔が広い様子だった。


「折角だし、メンテ用の油貰えますか?」


「半額でいいぜ。また来てくれよな」


「ありがとうございます。他の生徒にもお薦めしておきますね」


「それでそっちは・・・・・・彼氏かい?」


さっきも琴音とこんな勘違いをされたなと思い返す。

意外と天空都市の人間は恋愛脳の人間が多いのかもしれない。

男女で買い物に来たら、そう思うのもおかしくはないが。


「違います。地上から来た生徒です」


「ああ・・・・・・俺は別に抵抗ないが、他の連中が変な眼で見るかもしれんが気を付けなよ」


「それを恐れていたら交流はできませんから」


律羽は事も無げにそう答えるが、天空都市の人々がきっとわかってくれると確信している様子だった。


“私は私なりにここを愛しているの”と出会った日に律羽は言った。


それは人々と接する彼女を見ていればわかる。


「兄ちゃん、初回サービスだ。持っていきな。メンテの仕方は彼女に聞きな」


「だから、彼女じゃありません!!」


「ははは、そうやって男でムキになる律羽ちゃんは初めて見たかもな。案外と脈あるかもなぁ、兄ちゃん」


豪快に笑う店主と不満そうな律羽。

そんな日常の光景を見ていると連也まで微笑ましい気分になってくる。

地上には地上の、天空都市にもまた人々が大事にする日常があるのだ。


だからこそ強く思う。


罪のない人間は救われるべきなのだ。


そして―――


「芦原くん、次行くわよ」


「ああ、悪い。次はどこ行くんだ?」


「日用品を買える場所。知っておいた方が便利でしょう?」


考え事をしていて足が止まっていた所を律羽に促される。

連也もすぐに彼女の隣に追いついて歩き出した。



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