第35話:姉妹-Ⅱ
「そっか、気のせいか。ごめんね、変なこと言って」
燐奈もそれは有り得ないと思ったのか、すぐに謝罪してくる。
さっぱりした性格のようで、思ったことは真っ直ぐに言ってくるタイプ。
どちらかと言えば律羽というよりは岬と気が合うかもしれない。
「別にそれぐらいで怒りゃしないさ」
「それならいいんだけど。琴音のことお願いね、この子ったら人見知りだから」
「そうなのか?俺も今日会ったばっかりだけど、楽しく話出来てるぞ」
「それは君が話しやすいからだと思うよ。ずっと知り合いだった気がしてくるぐらいだからね」
あははと陽気に笑って燐奈はそんなことを言ってくる。
確かに姉ほど陽気ではないが、琴音も十分に話は出来た印象だが今回はやや特例らしい。
「次の授業って何受けてるの?」
「構造基礎学。エアリアルの構造うんぬんかんぬんだ」
「あー、懐かしいなぁ。でもそれってどっちかと言うと前衛向きの内容なんだよね。基礎学の内容だと衝撃で部品外れた時くらいしか直せないからね」
戦場では補助役は修復の役割までは担わない。
それを前線で隙を見て自分で多少は直せるようになる為に受講するので前衛向きという理屈はわかる。
何かある度に後ろに下がって、ちょっとしたメンテナンスまで依頼していたら時間が足りない。
「へえ、それがどうしたのか?」
連也は明らかに前衛向きだし、基礎と言うからにはその授業だけで全てを極める内容ではないのはわかる。
なぜ、地上から来た転入生の適性を知らないはずの燐奈が怪訝そうな顔をしているのか。
連也が原因でないとすれば理由は一つだ。
「琴音、まさかまだ前衛やりたいなんて言わないよね?」
「・・・・・・わ、私も少しは勉強しておきたくて」
「あくまで補助の為って言うならいいと思うよ。でも、私を追いかける気なら―――」
すっと燐奈の目が細まり、今までの陽気な雰囲気が消える。
そして、鋭い言葉で言い放つ。
「はっきり言って時間の無駄。あんたに前衛の才能なんかないよ」
「・・・・・・・・・」
唇を噛み締めて俯く琴音からは姉のような前衛に憧れたのだろうということが伝わってくる。
憧れた存在のようにはなれない、隣に立てない。
それはきっと辛いことで、連也にも状況は違えど似たような経験があった。
「それじゃ、授業頑張って。またね」
燐奈は何事もなかったようにその場を離れて廊下の角を曲がっていく。
彼女の言ったことを否定するほど子供ではない。
だが、このままハイさようならで済ませるのも少し違う気がした。
お節介かもしれないが、出会ったのも何かの縁だ。
「ちょっと行ってくる」
琴音に声を掛けると燐奈を追って角を曲がる。
すると燐奈は全く驚く様子を見せず、連也が追ってくるとわかっていたように振り向いて出迎える。
理知的な色を込めた瞳がこちらをじっと見つめる。
「何か言いたそうだね。怒った?酷い言い方するって?」
燐奈は連也が何も言わない内に口を開いた。
「確かにさっきみたいな言い方は気に入らない。ただ、それは強い言い方をしなきゃ諦められないと思って言ったんだろ?」
「・・・・・・なんだ、怒りに来たんじゃないんだ」
「一つだけ聞いておきたい。あれは本心なんだよな?あんたから見て、天木妹に前衛の才能はないんだな?」
燐奈の言ったことが本当のことなら、特に何も言う気はない。
あれが燐奈なりの愛情なのだと見ている連也にもわかったからだ。
少し言い過ぎだと思わなくもないが、それは姉妹の在り方で連也が口出しすることじゃない。
「皆無って言っていいね。ただ、後衛としては悪くないと思うよ」
はっきりと連也の意図を読み取ったように燐奈は核心に触れた。
何がしたくて追ってきたのかも彼女は全てわかっているようだった。
「それが聞きたかっただけだ。あんたとはいつ会えるかわからないしな」
「・・・・・・芦原君だっけ?律羽が君のこと気に入ったのわかる気がするよ」
顔を覗き込んで彼女は笑顔でそう言った。
どうやら全てお見通しなのは間違いないようで、やりにくい相手だ。
「・・・・・・何の話だ?」
「結構いい男だね、君って。琴音とも仲良くしてあげてね」
最後の言葉が廊下の角にいる人物に聞こえるように燐奈はそう言った。
「ちぇっ・・・・・・やりにくいな」
バレバレのお節介程に恥ずかしいものは中々にない。
ああ言えば琴音が付いてくることもわかっていたし、追ってくる気配も感じていた。
今度こそ手を振って離れていく燐奈を連也は見送ると再び角を曲がる。
「・・・・・・ってことらしいぞ。悪かったな、お節介だったか」
「ううん、お姉ちゃんの前じゃ何も言えなかったから」
「後は天木次第だ。自分で少し考えてみるんだな」
「うん、そうするね」
琴音は少しだけ微笑んで頷く。
連也が最適な答えを示すだけでは意味はなく、それは燐奈が望むことと同じだろう。
第三者の連也が絡んだことで、あえて言わなかった本音を燐奈は妹に伝えたのだ。
彼女は正面から答えを示すタイプではないらしい。
「授業行くか、何にしろ学ぶことは多いだろ」
「芦原君、ありがとね」
「お節介じゃなかったんなら良かった」
そして、二人は再び授業に向かう。
まだまだ琴音も連也も若く、何だって志せる年齢だ。
少なくともこの少女が連也のようにならないことをただ願うばかりだった。
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