第34話:姉妹
「自信持てなんて俺には言えない。でも、俺は天木と話してて楽しいぞ」
「あ、ありがとう。でも、面白い話も出来ないし」
「俺が地上から来たって言っても教本見せてくれた。いい奴以外の感想が浮かばないな」
少なくとも連也が彼女の良い所を見出せる程度には自信を持っていい。
しかし、誰もが自信を持って生きられるわけじゃない。
ただ素直な気持ちを告げることで彼女が何かを感じてくれればと思っただけだ。
「その、教本くらいならいつでも見せるから声かけてね」
にっこり笑うと琴音はそう言ってくれた。
「そういえば天木って名前聞いたことあるんだけど、誰か知り合いで同じ姓の人いるか?」
何か天木という名前が引っ掛かっていた。
何か見たことのある名前のようで、すっきりしなかったので思い切って聞いてみた。
こういうことは早めに確かめておいた方がいいものだ。
「多分、お姉ちゃんだと思うよ。
「あっ・・・・・・それだな」
思い当たる所があり、連也は声を上げる。
改めて言葉にされると記憶の底からその名前が浮かび上がってきた。
「データベースは見せて貰ったからな。それでだろうな」
「お姉ちゃんは凄いから。騎士長候補にも挙がったことあるし、辞退したみたいだけどね」
「・・・・・・好きなんだな、姉貴のこと」
「う、うん。芦原君ってなんか不思議だね。何でもバレちゃいそう」
踏み込もうと思ったが、さすがに言葉は呑み込んだ。
姉のことを慈しむ表情の中には確かに憧れと羨望の色が見えた。
それは現状の自分では姉には到底届かないという諦めが入った色だった。
その表情を読み取った上で言葉を選んだのは琴音には露見しているようだった。
「まあ、あまり気負うなよな」
だから、言葉はそれだけにしておいた。
読み取れたからと言って掘り起こせばいいというものではない。
彼女が本気で悩んでいるなら手を貸すが、そこまで求められてはいない。
「俺には天空都市のことはそこまでわからないけど、教本分の悩み相談位はいつでも聞くからさ」
善良なる人間は救われるべきで、幸福に生きる権利がある。
連也が全ての救いをもたらせるなんて傲慢を抱えているわけではない。
しかし、少しでも多くの人々の笑顔を願った男がいた。
連也もその男の願ったように、手を伸ばせば届くならそうしたかった。
これは天空都市が抱える闇とは全く別の問題だ。
それは果たすべき目的とは別の誓いである。
「ありがとう。まさか、地上から来た人に慰められちゃうなんて情けないね」
「地上も天空も関係ないだろ。辛いもんは辛いし、腹が立つことだってある」
「・・・・・・芦原君は人に腹を立てることって結構あるの?あ、ごめんね。芦原君ってあんまり怒りそうにないから」
「あるよ。人の信頼を踏みにじる奴は許せないしな」
そう答える連也はきっと複雑な顔をしているのだろうと自分でもわかる。
いつかの未来、連也自身にも言えることだからだ。
人の信頼を踏みにじる人間はクズだと言う資格は本来はない。
「そろそろ次の授業行かなきゃな。次は・・・・・・構造基礎学か」
構造基礎学はセルがいかにしてエアリアルや他の機器を動かしているか等を学ぶ。
構造を知っておくことで最低限のメンテナンスは自分で出来るようになるからだ。
「えっ、私も一緒だよ」
「それなら一緒に行くか。そういや律羽と一緒じゃない授業は久しぶりな気がするな」
「律羽って騎士長?」
「ああ、すげーいい奴だ。あんまり俺にばかり集中させるのも悪いから丁度いい機会だよ」
連也に世話を焼いてくれるのも嬉しいが、律羽一人で授業に集中する時間があった方がいい。
どちらにせよ何かに気を配るお人好しが過ぎる性格なのだが。
「・・・・・・もしかして、芦原君って結構凄い人?」
「いや、全然。すごいやばい人かもな」
「そんなことないよ。私のこと、慰めようとしてくれたし」
そんな話をしながら前を歩いていると、一人の女子生徒が歩いて来るのが見えた。
その瞬間、琴音は足を止めた。
「あれ、お姉ちゃん?」
そんな言葉が口から漏れて、連也は目の前の女子を眺める。
長い髪を右側で括り、身長は女子にしては高い程度。
すらりとしたスタイルのいい全身、そしてどこか大人びた表情が印象的だ。
彼女こそが律羽に次ぐと言われる騎士。
「あれ、琴音。授業なの?」
妹に気付くと彼女は手を振って声を掛けて来る。
姉のことが好きと言うだけあって姉妹の関係は良好のようだ。
天木燐奈は友好的で接し易い態度だが、どこか思慮深さを感じさせる絶妙なバランスを持った人間だった。
クールに見えて、実はとても優しく配慮をしてくれる律羽とはまた雰囲気が異なる。
「うん、それでこちらが―――」
「君、琴音の彼氏?」
ぴしりと琴音が固まり、無遠慮に天木燐奈は顔を覗き込んでくる。
「顔はまあまあ、かな。問題の中身だけど・・・・・・」
「か、彼氏とかじゃないから。芦原連也君、地上から来た転入生だよ」
「ご紹介に預かった男です。よろしく」
「ああ、律羽のお気に入りね。ふーん、思ったより普通だね。というかさ―――」
慌てて抗議する妹を一瞥し、再び視線を戻す。
そして、燐奈はまじまじと連也の顔を見つめた後に首を傾げる。
「どこかで会ったことあったっけ?」
「ないと思うけど。俺は来たばっかりだし」
数日前に地上に来たのは間違いない。
だから、彼女が連也のことを知っているはずがなかった。
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