第26話:邂逅
何にせよ、これをきっかけに話しかけてくれる人間が急増したのは事実だ。
授業が終わっても、男子生徒数名と一緒に談笑する。
「ごめんな。地上から来たってだけでぶっちゃけ引いててさ」
「地上から来たのにやたら堂々としてるから、逆に話すタイミングなくしたんだよな。芦原のせいってわけじぇねえけど」
ばつが悪そうに話しかけて来るものが大半だったが、連也も学友達のせいではないと重々承知だ。
それぞれの事情があるのだから、お互いに反省する事でもない。
それに遠くない将来に連也に対して、仲良くしなければ良かったと思うかもしれないのだ。
連也には誰にも知られてはならない戦いがある。
だが、それは友好的に接してくれる彼らに危害を加えようという計画ではない。
終わるかもしれないとしても、律羽が機会をくれたのだから交流という役目を果たそう。
連也の戦いの分岐点になるかもしれない機会が今日は待っている。
放課後の理事長との面談だった。
そして、放課後。
「くれぐれも大人しくしとけよ」
「善処しますよ、教官」
「そうしてくれよ、教え子達」
周囲を気にして敬語だが、お互いに含みだらけの会話を交わす。
教官の景、同じく地上から来た葵、このメンバーで理事長室へと向かっている。
一度、顔を合わせておきたい事情はあったのでまたとない機会だ。
木造りの一際大きな扉を前に、景はコンコンとノックする。
景の珍しく少しばかり堅い表情からもこの部屋の主が厄介な相手であろうことは想像できた。
「・・・・・・入りたまえ」
よく通る声ながら鋼のような重さを秘めた声が中から掛かる。
それを受けて景は扉を押し開けて中へと足を踏み入れ、二人も後に続いた。
正面にあるデスクでは一人の男がカップを傾けてお茶を優雅に嗜んでいた。
思ったよりも若い銀色の髪をした長身痩躯の男が出迎える。
年齢は四十は行っていないだろうが、妙な落ち着きが年齢を上に錯覚させる。
黒いスーツを着こなし、穏やかさの中に鋭さを兼ね備えた瞳が来客を眺めた。
「理事長、地上からの編入生二人を連れてきました」
景がややかしこまった様子で声を掛ける。
正面に座る男は一つ頷いてカップを置いた。
「かけたまえ、話はそれからで構わない」
三人はその声に従ってデスクの前にある客人用のソファに腰かける。
「ご苦労だったね。君が客人の担当をしてくれて感謝しているし、君の能力も私は評価しているよ」
「いえ、これも仕事ですから。彼らの処遇に関してはお伝えした通りです」
特に喜んだ様子もなく、景は素っ気なくそう答えた。
理事長はその態度を叱るでもなく、むしろ満足そうに微笑んだだけだった。
「そうか、処置は君に一任しよう。定期的に報告を入れてくれれば多少の独断も何も言うまい」
「ありがとうございます」
小さく頭を下げた景から理事長は目線を隣の二人に移す。
「改めて、天空都市にようこそ。私は
思ったよりも友好的で柔らかい口調で鏑木理事長は立ち上がってつかつかと二人の座るソファーに近付く。
そして、二人に向かって手を差し出して握手を求める。
「はい、芦原連也です。こちらこそよろしくお願いします」
連也も礼儀を無視するわけにもいかず、立ち上がって握手に応じる。
「か、上城葵です。よろしくお願いします」
葵もそれに従って握手を交わす。
まるで値踏みするような色が理事長の目線には混じるが、すぐにそれも消えた。
「一度顔合わせをしておくのが礼儀かと思ってね。急に呼び出して済まない」
手ずからポットから紅茶を淹れて三人に配る理事長。
その所作からもただ机にふんぞり返っているだけの理事長でないのは垣間見えた。
自分で茶を客に振る舞う程度の労力は全く気にしない性格らしい。
「いえ、俺も一度お会いしたかったですから」
「そう言って貰えると光栄だ。それはそうと君達の編入に合わせて、歓迎の宴会を開こうと思っているんだ。地上との貴重な交流だ、アピールの意味もあって出資者から是非にと言われてね」
特に飾ることなく、背景にある事情を暴露する理事長。
「無論、私も君達を歓迎する。だから、是非出席して貰いたいね」
歓迎をしてくれるというなら拒む理由は特にない。
穏やかな笑みを浮かべる理事長に連也は目をやった。
「是非、交流の意味でも出席したいです。日時は決まっているんですか?」
「それが具体的にはまだでね。君達も都合もある、出資者兼主催者を呼んであるので、少し茶でも飲みながら待って欲しい」
お言葉に甘えて、三人は紅茶に口を付ける。
さりげなく連也は匂いを嗅いで毒が入っていないかを確認する。
万が一にでも、連也が天空都市に来た理由が漏れていないとも言えない。
「いい香りだろう、これは地上にはない銘柄のようでね。味も上品さがあって私の好みでね」
「あっ、これ美味しいね」
「口に合って何よりだ。地上の味の趣向はわからなくてね」
葵が少し驚いた声を上げ、好みが合った理事長は少し嬉しそうに唇を緩めた。
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