第25話:踏み出す一歩

地上に降りて、連也に歩み寄ってくる律羽。

問い詰められるだろうことは覚悟していたし、全てを黙ったままというのも難しいかもしれないと思っていた矢先だ。


「二人ともここに来る為に事前にレクチャーを受けていただけあるわね。私のアドバイスも少しでも役に立ったなら嬉しいわ」


律羽は唐突にそんなことを言い出した。

彼女は前から、連也の技術等に不審な点を見出していたはずだ。

それなのに急にこんなにあっさりと納得するなんて。


そこまで思って、周囲に意識を飛ばす。


誰もがこちらの会話に意識を向けている。

その中で二人の技術を不審に思う人間、不気味にさえ思う人間もいるはずだ。


「まさか・・・・・・」


律羽は納得できないことも飲み込んで、周囲の人間の不審を解こうと試みたのだ。

教官達が事前に付きっきりでレクチャーしていたことを匂わせれば、少しはこの空気も緩和される。


「皆に言っておきたいことがあります」


冷静で落ち着きある態度ながらも、柔らかさと優しさを持った口調。

月崎律羽は全員に向けてよく通る声で呼びかけた。


「彼らは非常に高い素養を持ち、地上から選ばれた人間です。彼らも貴方達に学ぶことがあり、逆もまた然りです」


改めて律羽は交流の意味を説く。

叱るわけではなく、優しく言い聞かせるように。


「不気味に思う人もいるでしょう。ですが、彼らは私達と何も変わりません。同じ人間です。少なくとも私は彼らを友人として受け入れているつもりですから」


それは強制する言葉ではなく、それ故に生徒達は静かに聞き入った。

騎士長は二人の素養も人格的にも問題はないと判断したと真っ先に表明した。


「二人と学友として、交流を深めるように私も教官も願っています」


そっぽを向く東間達もやや気まずそうにしており、生徒達に言葉は届いたようだった。


連也は東間と揉めたこともあって、更に人が近付かないでいた。

連也も人見知りはしないので話しかけはしたが、遠慮がちに返答されただけ。

それを律羽はずっと気にかけてくれていたのだ。


このままでは輪に溶け込めない可能性を考えて、この機会に言葉を尽くしてくれたのだ。


友人として受け入れてくれて、二人の為に自ら動いてくれた。


天空都市で連也の為にここまでしてくれるのは、葵や景だけだと思っていたのに月崎律羽は違っていた。


その内に仲良くなれる、少しずつでいい、そうじゃない。

確かにこの都市に思う所は幾つもある。

でも、罪のない人間には本当に幸福になってほしいという願いもある。

それなら今だけだとしても幸福になるべき学友と親交を深める為に歩むのもいい。


律羽の精一杯の助力を無駄にはしたくない。


自分から、もう少し進んでみよう。

例えいつか終わる幸福だとしても。


「良かったら、誰か模擬戦じゃなくてもいいから俺達と一緒にやってくれないか?」


話をするのは苦手ではないので、どこにでもいる十七歳のように笑う。

葵もその声に従って、底抜けに明るく微笑む。


その場の空気が弛緩したのが目に見えてわかった。


「じゃあ、芦原は俺達と一緒にやろうぜ」


「上城さんは私達とやらない?」


男女のグループがそれぞれ名乗りを上げてくれた。


その時になって初めて、二人と天空都市の交流は始まった。

それを律羽は微笑んで見守ってくれている。


「ありがとう。俺だけじゃどうにもならなかった」


「言ったでしょう、快適な生活を送れるように協力するって」


相変わらず、クールながらもその声や瞳には優しさがある。


何故か、理由もなく目頭が熱くなりそうだった。

この気高く、優秀な少女の才能はいつか天空都市を導くだろう。

ただ今は律羽のくれた機会を無駄にはしないことだけを考えよう。


「そういや、芦原が前に飛んでた時に不思議に思ったことがあってさ」


自己紹介もそこそこに、早速の質問が飛んでくる。


「それはイメージとしてはだな―――」


ちらりと葵の方を見ると、あちらも上手くやれているようだ。

クラスメートが寄ってきて情報交換しようとする様子を景が離れた場所から見つめていた。

本来はグループを小分けにして情報交換をさせる場なのだが。


景と連也の視線が合う。


景は肩を竦めて、そのまま状況を黙認した。

以前に景に言われたことがある。


“俺がお前に力を貸すのは、お前を不幸にしない為でもある。覚えとけよ”と。


良かったな、と教官の瞳はそう告げている気がした。

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