第24話:風の音

正面からぶつかってくる律羽に対して、全力で応じたいという気持ちはわかる。

連也も同じ状況になれば同じことをしていたかもしれないので、怒る気はない。


それでも、今は時期が悪い。


「でも、そうなると・・・・・・うーん」


少しばかり考え込み、律羽も本格的な演習ではないからか空気を読んで彼女の思考が終わるのを待つ。

攻撃を仕掛けていても、葵は恐らく躱すだろうが。


「よし、決めたっ!!お待たせ!」


頷くと葵は気遣いに対して一声掛けると、今度は今までより身を沈めた。

今度こそ本気の速度で律羽を沈めると決めたらしい。

そこまでやれとは言っていないが、今更なので最高速度でやる程度なら何も言うまい。


「それじゃ、行くよッ!!」


声を置き去りに、葵は風の如く疾駆した。


―――速い。


連也が知っているよりも最大速度が上がっている。

速度を自分の目で捉えられなければ人間は反応できない。

鍛えているとはいえ、反射神経が人間に依存することがエアリアル最大の弱点だろう。


「・・・・・・・・・ッ!!」


だが、それを補うのが予測だ。

葵の動きは二重放出バーストレインなしだと直線的故に予測が立ってしまう。

律羽は自分より速い葵に対して予測を加えて、最低限の動作で回避行動を取る。


暴風に近い右からの蹴り、左の蹴り、正面からの突き。


複数方向からの一撃を彼女は正確に後ろへの放出バースト調整アジャストによる反転を使った回避を正確に重ね合わせてまともに一撃を許さない。

楽に回避できる速度ではなく、葵の一撃が腕を掠めたりと惜しい場面はある。


だが、絶対にまともには当たらないと確信を持って律羽は異常なまでに冷静に戦況を把握していた。


あれをこの速度で強襲して来る相手と戦いながら出来る人間が天空都市に何人いるだろう。

やはり、今使える戦力では戦況は明白だ。


「・・・・・・っ!?」


だが、律羽の防御がわずかに揺らぐ。

この速度で戦場を駆け回りながら、後ろに回避した律羽へと急速に軌道を曲げて葵は更なる強襲を実行した。


風が鳴り、風の如き少女はついに相手を捉える。


「あいつ・・・・・・」


連也は葵の取った行動を見て、感嘆の声を上げた。

葵の行動は完全に相手の行動を予測しなければ成り立たない。

守る律羽が予測を使って回避速度を上げたように、今度は葵も予測を立てて律羽に喰らい付いた。


だが、律羽はそれでも崩されない。


これだけの速度を乗せて来る相手に律羽は足を止めて迎え撃つ。

全身を捻り、力を加える。


そして、放出バーストで律羽は葵の蹴りを同じく蹴りで返した。


バチンと互いの防御膜が発動する程に激しいぶつかり合い。

さすがの葵も一時的に動きを止めざるを得なかった。


瞬間、律羽が今度は攻めに転じた。


「あ、やばっ・・・・・・!!」


速度は葵の方が勝るだろう。

しかし、あまりに滑らかかつ美しく彼女は葵の傍へと肉薄していた。


静かで正確に穿たれる蹴りは、葵とは違った風の音を奏でる。


葵を風が叫ぶような音とするなら、律羽は風が歌うような美しささえ感じる低い音。

それは放出バーストの正確さが奏でる彼女の技術の結晶だった。


「あっぶなかったぁ・・・・・・!!」


辛うじて葵は回避に成功し、一時的に距離を取る。

それでも今回での明確な不利を悟ったらしい。

予測以上に律羽の攻めは洗練されており、守りに回らされた時点でいつかは葵の負けになる。

その為には攻撃に回っている間に決着を付ける必要が出てくるのだ。



だが、葵がまだ戦おうと構えを取り直した時。



「はい、おしまい。お前ら、放っておくといつまでもやってそうだからな」


・・・・・・ついに景教官による制止が入った。


葵の手の内が全て晒されると今後に差し支えるという意味もあるだろうが、この戦いは完全に決着を付ける意味はない技術演習だ。

決着がしばし着かなければ止められても文句は言えなかった。


「ちぇーっ、いい所だったのに」


「いい練習になったわ、ありがとう。また、今度やりましょう」


膨れっ面で葵は地上へと降りていき、律羽はそれを宥めるように一緒に地上へ高度を下げる。

それを演習の傍らで眺めていた生徒達のざわめきはしばし収まることはなかった。

彼らは地上の人間には明確にエアリアルでは勝るという自負があったに違いない。


だが、連也と葵の二人だけは地上でも異端と言える技術を持っている。


エアリアルを教えてくれた人間は、間違いなく律羽をも超える技術を持っていたのだから。






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