第27話:邂逅-Ⅱ


「天空都市はどうかな、芦原君」


自分の紅茶を淹れ直した理事長はふと連也に話を振った。


「地上と比べて色々と新鮮ですね。エアリアルも大分しっくりは来てますけど、慣れない所も多いです」


さりげなくエアリアルの経験はないとアピールしておくが、理事長がそう捉えたかは知らない。

どこまで理事長が情報を持っているかはわからないので、迂闊な言動は避けるべきだ。


「そうか、エアリアルの適性は抜群と報告を受けている。市民を助けてくれたようだね」


そこまでは知っているかもしれないと踏んでいた通りだ。

事前に連也の管理を担うのは学園だと聞いており、責任者が理事長である以上は責任も理事長の鏑木始かぶらぎ はじめにある。

連也と葵に関する情報は筒抜けだと考えるべきだろう。


「夢中でしたし、騎士長に助けられました」


「何にせよ、優秀な生徒を地上から迎えられるのは幸いだ」


ティーカップを置いた理事長と視線が合う。


理事長は常識的な発言しかしていないし、態度にも品が合って相手の都合を思慮した上での言動が見える。

景に連也達に関する権利を一部委譲する度量もあり、文句なしに理事長に相応しい人間であると言えるだろう。


だが、この男への警戒は抜けない。


理屈ではなく感じる底知れぬ部分を連也の第六感というべき部分が感じ取っていた。


その時、入り口をノックする音が聞こえた。


「待っていたよ、入りたまえ」


そう理事長が声を掛けると入り口が開き、恰幅のいい中年の男が部屋へと入ってきた。

灰色のスーツの質の良さ、オールバックに整えられた髪、全身から羽振りの良さが感じられる。


「待たせたね、始君」


「ほぼ時間通りだよ。既に客人はお待ちかねだ、先に挨拶をした方がいいな」


二人は旧知の仲であるらしく、気兼ねのない会話をする。

年は鏑木理事長の方が随分と若いだろうが、どちらかと言えば理事長の方が立場が上にさえ見えた。


「おお、これは失礼しました。私は北尾道節きたお どうせつと言います。地上からの客人よ、何かあればお力添えはしましょうぞ」


「・・・・・・芦原連也です。不慣れな点もありますが、よろしくお願いします」


しばしの沈黙を挟んで連也は礼には礼を返した。


「上城葵です。同じく地上から来ました」


「これはご丁寧に。今後ともご懇意にお願いしますよ」


年下の学生にすら敬語かつ丁寧な口調の北尾は好人物のように見えた。

人当たりも悪くないので、理事長ともそれなりに友人として長そうだ。


「北尾君とは友人でね、学園に寄付もしてくれている。助かっているよ」


理事長が口を挟み、北尾もそれを肯定するように何度か頷いた。


「はっはっ、運が向いて得られた金銭は有効に使うべきですからな」


肉付きのいい体を揺らして笑う北尾。

その言葉を世の金持ちで本心から口に出来る人間は数える程しかいない。


「そういうわけだ。是非とも宴会の際は彼とも親交を深めるといい」


「そうですな。地上の話を聞かせて貰いたいものです」


「はい。では、宴会の時にまたゆっくりと」


「私は済まないが、北尾君と宴会の資金について話があってね。何もなければ、君達も寮に戻るといい」


理事長の言葉を受けて、景は頷くと目線で連也と葵を促した。

もうここにいる意味もなくなったので連也も早々と退散したい気持ちだった。

葵もこの空気に居心地が悪そうだったので、こくんと首肯で応じた。


そして、三人で部屋を出ていこうとした時。



「君が果たすべき何かを見つけたのなら存分にやりたまえよ、芦原君」


そんな意味ありげな理事長の声が追いかけてきた。



部屋を出ると連也は軽く息を吐く。


どうやら柄にもなく、理事長と話をするのは緊張を強いられるものだったらしい。

それにしてもと景に目線を向けると全てを理解しているように笑う。


「俺も中々仕事しただろう?」


「ああ、よくやってくれたな」


今回の理事長と話をすることが出来たのは収穫だ。

最後の言葉が何を意味するかはわからないが、慎重に動く必要はある。

それよりも二つ目の大きな収穫が面談の中ではあり、そこが最大の収穫と言えるかもしれない。


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