第21話:三日目の朝


そろそろ時間切れだ。


連也はデータベースを落とすと部屋を出る。

知っていたつもりになっていたが、こうして客観的に見てみると色々なことがわかる。


改めて理解できた、この都市の裏の顔も。


名前を打ち込んだ男は連也の知っている男だった。

他人の為に涙し、他人の笑顔を守る為に動ける尊敬できる人間だった。


データベースもそれを裏付けるかのように気高き死を選んだと書かれていた、何の問題もない。

書かれていることをそのまま信じたとするならば、だが。


「さて、教室に戻らないとな」


深呼吸を一つすると普段の芦原連也に戻った。

未知を愛し、人々を守る為に戦える人間になる。


それは偽らざる連也の本当の姿だ。


だが、ここに来た目的を果たす時だけはそんな姿をかなぐり捨てることができる。



「よっ、今日もよろしくな」


「私の助けがなくても元気に活動しそうだけど、よろしく」


教室に戻ると隣席にいる律羽に声を掛けて一日は始まる。


「そんな寂しいこと言うなよ。助けがいらなくなっても、律羽と話してるのは楽しいぞ」


「そうね。私もあなたのことは嫌いじゃないし、このまま仲良くできるといいわね」


少しだけ不満そうな顔をして連也に律羽は微かに笑みを浮かべてフォローを入れた。

こんな一言で嬉しくなってしまう辺りは連也も単純な男だった。


「何よ、嬉しそうな顔して」


「いや、だって律羽に嫌われたくなかったから」


正直に返すと律羽はやや言葉に詰まる。

意外とストレートに来られるのが苦手なのだと早くもわかってきた。


「常識外れの所はあるけど、人格を疑うことはしていないわ」


「そう言って貰えると光栄だね」


律羽の人格と真っ直ぐさには好感を覚えている。

そんな彼女に多少なりとも認められているのは朗報だった。


「そういえば、今日はどこに行っていたの?」


「調べ物だ。個人的に色々知りたいことがあったからな」


「それなら葵も連れて行ってあげれば良かったじゃない」


「あいつも疲れてるだろうし、本当に個人的なことだったからさ」


葵を連れて行かなかったのは、出来るだけ彼女に調べていた男のことを見せたくなかったからだ。

どうしても話すべきことだけを後で話せばいい。


「それならいいわ。それにしても良かったわね。今日は座学は少ないわよ」


これ以上は突っ込むべきことではないと察して律羽は話題を変えてくれた。


「お、模擬戦か?」


「ええ、そうよ。芦原くんは動けるのがわかったから、葵とは私がやろうかしら。あ、全力で潰そうなんて思ってないわよ」


「・・・・・・何も言ってないだろ」


危うく初心者狩りをされそうになった男をちらりと一瞥する律羽。

律羽ならば適度に力を抜いてくれるだろうし、滅多なこともないだろう。


それに、直接彼女の技量を見られるいい機会だ。


最初に襲われていた時も、あれだけの数の獣を相手に簡易的なエアリアルのみで捌いていたことを考えると技量は相当に高い。


「模擬戦っていつだ?」


「受講票を貰っていないの?一番最初よ」


「ああ、そういやまだ決まってない部分もあるけど貰ってたっけ。あれ、そういえば葵は?」


律羽と一緒に来ているはずだが、さっきから姿が見えない。

朝は弱いはずなので、律羽も恐らくは苦労したことだろう。

迂闊に近付くと抱き枕よろしく抱き着かれる可能性があると教えておいた方がいいかもしれない。


「・・・・・・少し席を外しているわね」


「トイレか。あいつ、長いなー、ははは」


「もう少し、他の言い方はなかったの?」


ちょうどそんな話をしていた所に葵が戻ってくる。


「あ、連也も来てたんだ」


「どこ行ってたんだ?」


「ん、トイレだけど?」


「二人がとっても仲良しなのはよーく伝わってきたわ」


律羽は奔放な二人の様子にため息を吐く。

二人のペースは長年の付き合いで築かれたものなので、最初は慣れるまでかかるかもしれない。

だが、そこを遠慮しろと言われても二人の空気を変えるのは不可能だ。


「まあ、あんまり気負うなよ」


「原因が大人しくしていれば私のため息が半分に減るから、このまま平穏に過ごしてほしいわね」


「俺達、唐突に奇行に走ったりしないよな」


「しないよねー」


仲良く笑い合う地上ペア。

そこはかとなく怪しさを感じたのか、僅かな疑いの眼差しは変わらなかった。


そのまま、教官の景が入って来て生徒達は黙る。


こういう時にすぐに黙る辺りが地上の生徒とは違う。

指令を出されれば統率される姿勢は普段から戦いの中にいるだけある。


ちなみに授業でも集団の動きからをレクチャーするものが本日に控えている。



確認事項程度で生徒達はすぐに授業の準備に入った。






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