第20話:提示した条件



―――その翌日のこと。



律羽と朝食を済ませることになっていたが、葵を経由して今日は断った。

ここでも景の立場故に力が働き、教官に呼ばれてという理由ができた。

あまり景とばかり繋がりを感じさせる行動は避けたいのだが、彼が担当教官になってくれたおかげで助かった。


地上から来た人間に気を配らない教官などいないからだ。


歩く先は学んでいる建物の裏側、そんな妙な場所に待ち人がいた。


「よう、早くに呼び出して悪かったな」


連也は手にしたコーヒーに似た味のする缶を差し出す。

天空都市ではアルミ缶はリサイクルするので、資源として問題はない。


「何を要求されるかと思えば、渡せばいいんだろ」


以前、模擬戦で打ち負かした東間という男が指定した場所には待っていた。

差し出した飲み物を受け取ると、一枚のカードを突き出してくる。


「ああ、悪いな。少しの間借りてもいいか?必要なら返すからさ」


「ああ、好きにしろ。随分とお勉強熱心なことだな」


皮肉めいた口調で舌打ちする東間から好感を持たれているはずもなかった。

東間から受け取ったのはIDを記したカードだ。


まだ天空都市の完全な一員として認められていないのか、正式なIDは連也には支給されていない。


怪しい行動がないかを見張ってから、天空都市のデータベースに触れさせるつもりだろう。

だが、連也にはデータベースで今の内に確認したいことがあった。

律羽に頼めば同行されるだろうし、彼女に何の情報を調べていたかを確認されるので頼めない。


聡明な律羽であればここで連也が調べていたことと、後に発生する事を必ず結び付ける。


それを避けるには普段は接点のない男のIDを借りて、後に景を通じて記録を消させる方がよい。

データベースの閲覧記録は教官であれば生徒の管理の為に操作できるので、それは容易い。


「俺だって地上から来てるんだから興味はあるさ。助かるよ」


「言っておくが、俺は必ずてめえに勝てる実力を身に着けてやる。その時は覚えてやがれ」


「お前なぁ、本当は徹底的に潰されてもおかしくなかったのにID貸してくれだけで済ませたんだから感謝してもいいぐらいだろ」


あの場で悪意に満ちた初心者狩りをしようとしたのはこの男で、相手が相手なら潰されていてもおかしくなかった。


「・・・・・・ちっ」


「別に俺はお前のことは嫌いじゃないし、精々仲良くしようぜ。とりあえず一杯やろうか」


二人して、立ったままで手にした飲み物に口を付ける。

いくら条件だったとはいえ、朝早くに来させたのだから飲み物くらいは奢ろうと思ったのだ。


「それで、何で俺を潰そうとしたんだ?別に恨んでないけど」


「気に入らねえ面をしてやがったからだ。いい子ぶってる奴だって思ったんだよ」


「少なくとも俺がいい子じゃないのは確かだな」


だが、当たらずとも遠からずといったところか。

不良の勘も案外、当てになるのかもしれなかった。


果たすべき誓いを胸に秘め、何事もなく振る舞うことをいい子ぶっているとも言えるだろう。


「はっ、ぬかせ」


「それじゃ悪いな。放課後は理事長と会うから、朝の内にデータベースは見ておきたいんだ」


「どこへでも行っちまえ」


相変わらず愛想のない男だった。

その足で連也はデータベースのある情報棟へと足を運んだ。

まだ朝は早く、四十分ほどはデータベースに費やす時間もあるだろう。


授業棟の隣、同じく白い建物の一階の一室にデータベースは設置してあった。


部屋の中は白い壁で囲まれていて、床はタイルのような材質。

合計三台、部屋の中には誰もおらず一人で部屋を使用できる。

パソコンに近い形状の機械に触れるとデータの目次一覧を見ることができた。


「さて、まずは・・・・・・」


一人の男の名前を打ち込んだ。


もうこの世にはとっくの昔にいない男だ。


すると条件に合った色々な記録が出て来る。

日にちやその日の合った出来事までが分かりやすく羅列される。


知りたかったことはすぐに明らかになった。


天空都市でその男がどのように扱われてきたのか、どのような最期を遂げたと語られたのか。


「成程な、そういうことか・・・・・・」


デスクの前に握られた拳が強く握られる。

やはり、この都市は人をあっさりと陥れる魔性の城だ。

律羽に言ってしまったことを今になって思い出すが、あの言葉が間違っているとは思わない。

律羽にあのタイミングで言ったことに対しては配慮は足りなかったと思う。


どうやら、調べた名前の男は最後まで人々の為に戦い続けて死んだらしかった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る