第14話:死の定義
思った以上の戦果を得られて、授業を終えた連也と律羽と岬は制服への着替えを済ませて教室へと戻っていた。
東間はあれから特に近付いてこないが、条件を呑むとは約束したので約束さえ果たせば干渉する気はない。
絡んできたとはいえ、徹底的に潰す必要はどこにもないのだ。
「ほら、やっぱりね」
「何がやっぱりなんだよ」
岬がしたり顔で頷いているので、聞き返す。
「やっぱり連也、エアリアルの経験アリだったね」
「ええ、さっきので確信が持てたわ。あんな初心者いてたまるかって話よ」
律羽も適当な事を言いやがってと言いたげな視線を向けて来る。
経験がないと嘘を吐いていたのは露見したのは間違いなかった。
正直な話をすれば連也はエアリアルの経験はあるどころか、弟子入りしていた人間さえもいる。
それでも、例え律羽にだって全てを話す義務はない。
「まあ、レクチャーは受けたからな」
「そういうレベルじゃなかったけど・・・・・・あくまで話せないって言うのね」
「知りたければ俺の好感度を上げるんだな」
「ちなみに気になるわけじゃないんだけど、私への好感度って低いの?」
「気になってんじゃん」
すかさず岬の突っ込むが入り、律羽に鋭い目で睨まれる。
それでも、どこ吹く風な辺りはこの男の心臓は鉄で出来ているに違いない。
「いや、正直言えばめちゃくちゃ高いんだけどさ。俺の事情に関しては気軽に話すことでもないんだ」
「いいわ、無理に聞き出すことでもないし」
「そうそう、隠したいことにまで干渉したくもないね」
真剣な顔をした連也を見て、律羽はこれ以上の追及を止めて岬も肩を竦めただけだった。
何だかんだ言いつつ二人とも他人との距離の取り方は熟知している様子だ。
「・・・・・・そう言えば、芦原くんの飛び方って少しだけあの人に似てるわね」
「あの人・・・・・・?」
訊ね返した言葉に首肯で返すも、律羽の表情は少しだけ沈んでいた。
まるで過去に失った何かを追憶し、心から惜しむように。
「私が目標にしていた人がいたのよ。もう何年も前に殉職したんだけど、英雄と呼ばれた人だった」
「・・・・・・そんなに、すげえ人だったのか?」
「そりゃ凄いさ。僕だって知ってる。独自で編み出した飛行術で天空都市のエースだったんだから。名誉の戦死って世間じゃ言われてるけどね」
その英雄と呼ばれていた誰かは随分と慕われていたらしく、あの岬でさえも偉大な騎士の死を悼んでいる様子だった。
それだけ、彼らの世代にもその男は衝撃的だったのだろう。
だが、岬はその男が名誉の死を選んだと言った。
それだけは絶対に否定しなければならない言葉だった。
「名誉の戦死ってのは大半が都合の良いように後付けされた言葉だ。死んだら終わりだろ」
だから、連也はそう言わざるを得なかった。
死ぬことで英雄となった、そんな都合のいい言葉だけは受け入れられなかった。
無論、本当に本人も望んで命を落として英雄になった例も文献を漁れば存在はするだろう。
他人を救っていった英雄的行為は間違いなく美しい。
だが、その大半は捻じ曲げられて美談にされた例だ。
生きる手段があったのに死を選ばざるを得なかった。
誰かの落ち度で死に追いやられた、陰謀で死ぬことになった。
作り上げられた美談の陰には闇が存在している。
天空都市では美談さえも捏造されかねない一面があることを連也は知っていた。
「・・・・・・そうね、死んで幸せなんて私は思えない」
律羽は唇を噛み締める連也の様子を驚いたように眺めていたが、少し経ってから頷いた。
「僕も名誉ある死なんて御免だね。生きた奴が勝つ世の中だし」
「多分、心の底から死にたい奴なんてほとんどいないんだよな」
だから、律羽が戦っていたあの場所で、守る価値があるかと訊ねたはずの連也は人命を最優先した。
どうしても死にたいなら勝手にすればいい。
だが、死にたくない人間が、死ぬ理由も罪もない人間が理不尽に死ぬのは見過ごせない。
救われるべき存在を目にしたならば、手を差し伸べるべきだ。
「・・・・・・意外と色々考えてるのね、あなた」
「律羽の方がよっぽど考えてるさ。皆の手本になろうとして、普段から色々悩むことだってあるだろ」
「それは私の役割だからよ。そんな大したものじゃない」
「それを義務感だけでやってるようには見えないな。そういう奴を真面目とか誠実だとか言うって俺は教わったよ」
律羽が人を守りたいと願う気持ちは真っ直ぐで曇りがない。
その心意気を、彼女の気高さを何より美しいと思う。
少しばかり危うい美しさでもあるが、それ故に目が離せない。
連也は他にも掛け値なしの気高さを持った人間を知っていた。
だが、その人間がどんな目に遭ったかを見て来たから。
彼女には幸福であって欲しいと思ってしまった。
そんな気高さを見てしまったから、最初は使えない振りをするつもりだったエアリアルを操って助けに行ってしまった。
その際に余計なものまで見えてしまったのだが。
そう、例えば。
助けに入る直前、唐突に彼女がよろめいた理由。
―――あれは間違いなく人間による狙撃だ。
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