第1話:地上から来た少年



――空に浮かぶ都市には数万人の人間が住んでいる。



地上と同じく、人が学んで営んで働いて生きている。

故に天空にも地上における学校のようなものがあった。


“地上から二人の生徒が来る”という噂で蒼風そうふう学園内は持ちきりだった。


まだ地上の全員が天空都市の存在に気付いたわけではない。

この交流は秘密裏に実験段階として行われ、ある数値の優れた人間を交流の第一歩として留学させる協議が成された。

一人は事情で遅れるようだが、もう一人は今日にも到着する。


生徒達のざわめきを聴いて一人の少女が顔を上げた。


漆黒の長髪を持ち、瞳には凛とした意志がある。

立場的にも彼女は地上から人が来ることを忘れてはいない。


天空都市と地上都市に住む人間は人種は同じだ。


ルーツを辿るなら同じ場所に至る程度には肉体の構造や見た目も変わりはない。

だが、彼女は正直に言えば地上から人を招くのは反対だった。


彼女なりに天空都市を愛していたし、悪く言えば異端を取り込むのは望ましくない。


無理にリスクを取らなくても、地上から隔離されたままで天空都市は問題ない。


しかし、学園の長たる彼女が異端者を出迎えなければならないのも事実だった。

反対ではあるが、同じ人間ならば同格として扱うし、客人としての礼は尽くすべきだと思っていた。


だから、一時的に教壇を借りて彼女は伝えておく。


「皆、話しておきたいことがあります」


才覚も人間性も月崎律羽つきさき りつはは評価されて、学園の至高の一人として地位を獲得したのだ。

その地位に恥じる行いはするまいと常に考えている。


つまり、この場所に来るのは客人で、礼を怠るなかれと彼女は宣言する必要があった。

客を迎えたせいで無用な争いが起こる事態は絶対に避けたかった。


「私は客人を出迎えに行って来ます。どんな人間かは私も知りません」


彼女が口を開いた瞬間に皆は何かと大小の差はあれど姿勢を正す。


ただ、自分の優秀さを押し付ける人間でないと理解されている故に緊張はほぼない。

色々な憶測が小さなざわめきとなって飛び交う。

雑談を特に咎めることなく、しばし憶測が広まる時間を設けた。


そして、少し後に彼女は告げた。


「色々な不安や不満もあるでしょう。ですが、ここに来るのは客人であり学友です。不当な扱いは学園側も許可していません。忘れないようにしてください」


「・・・・・・でも、どんな人かもわからないのに騎士長は不安じゃないの?」


恐る恐る一人の生徒が手を挙げる。

そこで質問が出て来るのは、彼女が力で他人を抑えつける人間でない証明だ。


騎士長とは、生徒としては彼女がこの施設の最高位であることを示す。


そして、騎士として気高くあらんという学園の指針をも示す称号だ。

反論に特に気を悪くした様子もなく、律羽は小さく頷いた。


「不安だから、私が面倒を見るのよ」


柔らかく笑って、彼女は一生徒としての表情に戻ると自分への戒めでもあるように釘を刺して教室を出て行った。


今日中に客人は連れて帰る。

身支度を整えて律羽は外へ出た。



今日は思ったよりも風がない。


天空には地上にない技術があった。


気圧や風を減少させる町ぐるみで管理されるシステムだ。

元々、天空で暮らす内に人々は気圧への耐性は出来ているが、普通に空の上で暮らそうとすれば風でまともな生活にならない。

それを可能にしているのは、人々が空の上で暮らす為の新技術だ。


客人に待ち合わせは港と伝えてある。


既に指定した場所で天空都市は停滞しているので、港にはもう到着する事だろう。


「少し早いけど、待たせるよりはいいわね」


移動には天空都市内を走っているモノレールを使う。


天空都市が建設された土台は地上に比べると長期的に見れば危うい。

その為に地盤に負荷をかける車の類を使うには認可を取得するのだ。

全員が好き勝手に車で走り回れば崩壊を早める故の法律である。


天空都市らしい移動手段もあるが、駆動させるエネルギーにも費用がかかる。

そもそも、その手段で移動できる区画も限られているので万能ではない。


そのモノレールに揺られながらも彼女は考える。


今回訪れる、男女一組と聞いている者達が天空都市に適応できない場合が面倒だ。

地上の話は天空都市でも調べることはできるし、授業でも触れる。


余談になるが、このモノレールは地上が最近になって追いついた程の技術水準らしい。


原理は知らないが滑走路から浮遊している。

数十年前に似た原理の物が開発されたが、天空都市の浮遊技術は地上とはまるで違ったものだった。


このように天空都市には独自の決まりや技術や風土、加えて感性がある。


逆もまた然りである以上、すぐに適応しろと言う方が無理があるだろう。

故に彼女は自ら、新しい客人の世話係を志願したのだ。


天空都市に全く溶け込めないのも不憫だし、放っておくのも薄情だろうと考えた。


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