第3話 サトウナツキという女子
「やっぱり何も話してくれなかったんだって」
「何だよ!」
そう、結局、詳細は語られなかった。けれど――、
「『サトウナツキ』に気をつけろ」
と、それだけは。
それだけははっきりと言ったらしい。
「『サトウナツキ』、かぁ……。まぁどこにでもある名前、だよなぁ」
「そう? 陽の周りにいる?」
「いるいる。つってもあれな? 2個上の先輩だけど。あぁ、あとクラスの佐藤の弟も確かナツキだったかも」
「ふうん。ねぇ、その先輩って女子?」
「いや、男」
「そうなんだ。まぁそんな珍しい名前でもないよねぇ」
サトウナツキ。
とにもかくにも、この人物が今回のカギを握っている。そう考えた梧桐先輩は早速その『サトウナツキ』なる人物について調べ始めた。無駄に行動力のある女である。
「それで、何かわかったのか? その『サトウナツキ』について」
「うん。どうやらね、その人が送ってるみたいなの、その
「へぇ。差出人だったのか。あとは?」
「あとは……、めっちゃくちゃ可愛い子、ってこと」
「ふぅん、可愛い子、ねぇ。成る程、そりゃ可愛い女子にDMで呼び出されりゃほいほいついて行くわな」
「あーあ、やっぱり男子ってそういうもんなのねぇ。……てことは、もしかして陽もそうなわけ?」
「俺? ばぁっか、見た目だけ良くてもついて行くわけねぇだろ、この俺が」
「まぁ~たまたぁ。だって、もうめっちゃくちゃ可愛いらしいのよ? もう芸能人? みたいな? そんなレベルで」
「はっ、何が芸能人だって」
関係あるか。そんなこと。
「良いか、姉ちゃんこそ顔だけの男にほいほいついて行くんじゃねぇぞ」
「私? 私は大丈夫!
「そういう問題じゃねぇよ」
「あー、でも、陽からの誘いだったら、私、ほいほいついて行っちゃうなぁ」
「それは……それで良いけど」
「良いんだ?」
「俺は恰好良いけど、顔だけじゃねぇからな。まぁ、それは良いや。それで?」
「うん、それでね」
しかし、その『サトウナツキ』なる芸能人並みに超絶可愛い女子は、見つからなかったのだという。
だが、SpreadDER上には確かに存在しており、今日は何を食べただとか、どこそこのショップの新作が可愛いだとか、そういうSpreadは良く投稿しているのだという。けれど、つかめない。まるで実体のない幽霊のようで、いつしか彼女はSpreadDERというSNSの中にのみ存在する『実体なきモノ』として恐れられるようになった。
「でも、それならそれで、例えばそいつからDMが来ても無視すりゃ良いだけの話なんじゃねぇの?」
そう、もうそいつはそういうもんだとわかってるんだから。
「うん、私もね、そう思うんだけど……」
それなのに、なぜか被害者は後を絶たない。
やはり金曜日の活動の際、例の音楽がかかり、男子メンバーの誰かのスマホにSpreadDERのDM通知が届く。そして、それを受け取ったやつは慌ててどこかへ消え――、翌日、憔悴しきり、抜け殻のような状態で発見されるのである。
「怖いでしょ?」
「うん、まぁ、怖いけど。で? オチは?」
「オチ? オチって何?」
「いや、何、怖いでしょ、で終わりなのかよ」
「そうだけど?」
そうだけど? じゃねぇよ。
さっきまでかすかにあった眠気も完全に吹っ飛んだわ。
「それっていまも続いてる話なんだろ?」
「うん、そうみたい。梧桐先輩がなんか躍起になってる」
「躍起に?」
「だって、仮によ? 仮に『サトウナツキ』は存在しないとしても、DMを送ってる人はいるわけじゃない」
「ま、そうだな」
「だからね、その『サトウナツキ』ちゃんを探すんだーって」
「でも、見つかってないんだろ、どうせ」
そう簡単に見つかるのなら、こんな怪談話には仕上がっていないのである。
「そうなんだよねぇ。でね、そのどこそこのパンケーキ店に行ってこれを食べたとか、贔屓にしてるショップの新作だとか、そういうSpreadが上がった直後にそこに行ったりしてるみたいなんだけど」
「うわ、やべぇ執念」
「すごいのよ、梧桐先輩って」
まぁ、すごいのは認めるけどさ。
すると姉ちゃんは、枕元のスマホを取り出した。そして、すいすい、と何やら操作して俺の目の前に、す、と差し出す。
そこに表示されているのは、一人の男子学生だった。
「でも、その場にいるのはいつもこの人らしくて。つまり、彼も熱烈なファンってわけね」
「熱烈なファン……」
じゃないと思うぞ、俺は。
だって。
だってこいつは――。
ああ成る程、そうか。
俺にはわかった。
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