第2話 ダンスクラブの、怖い話

「仕方ないなぁ」


 何が仕方ないのか、姉ちゃんは、そんなことを言ってきた。


「特別にお姉ちゃんがお話してあげましょう」


 と、何やら偉そうに、ふふん、と鼻を鳴らして。


「言っとくけど、あのね、これ、怖い話だから」

「怖い話ぃ~? 大丈夫かよ」

「何がよ」

「姉ちゃん怖いの駄目だろ」

「はっ、そぉ~んなの、小学生とかの話でしょ? 私だってねぇ、もう高校生なんだから!」

「おーおー、そいつは安心した。夜中にトイレで起こすなよ」

「ここは私の家よ? 一人で行けるに決まってるじゃない!」

「それでも俺を起こした癖に」

「む、昔の話よ、昔の話」


 うぉっほん、とわざとらしい咳払いをしてから、姉ちゃんはいつもより低めの声で話し始めた。


「これはね、梧桐ごとう先輩から聞いた話なんだけど――」


 出たな、(良く言えば)恋多き女、梧桐先輩。悪く言えば尻軽――いや、止めとこう。そんなんでもどうやら姉ちゃんは慕っているらしいから。



 さて、これは、その恋多き女、梧桐先輩が良く出入りしている『クラブ』の話なのだそうだ。もうこの『クラブ』という単語からして嫌な予感しかしない。姉ちゃんはというともちろん、部活動とかそういう意味合いの発音だったが、俺にはわかる。この場合の『クラブ』は卓球クラブとか、お料理クラブとか、絶対そういうやつじゃない。


「あのね、ダンスをするクラブなのよ」

「……ああそう」


 ほら、もうそういうところだろ? 照明も暗くて、やたらと爆音の音楽が流れててさ、DJとかさ、そういうのがいるところだろ?


「でもね、なんていうのかな、大会とか、そういうのはないみたいで、結構緩めのクラブらしいのね?」

「……だろうな」


 あるわけないだろ、大会なんて。

 クソッ、梧桐先輩め! 姉ちゃんに何てこと吹き込んでくれたんだ!!


「それでね、金曜の活動の時なんだけど」


 はある日突然始まったのだそうだ。


「曲がね、変わったんだって」


 それが何ていう曲なのかはその梧桐先輩もわからないらしい。だけれども、何だかちょっと艶っぽい感じというのか、それまでのノリの良い曲調ではなかったらしい。その曲がかかると、クラブのメンバー、とりわけ、男性達がざわつき始めるのだそうだ。そして――、


「皆一斉に、スマホを取り出すんだって」

「スマホを?」

「そう。それでね、『SpreadDERスプレッダー』をチェックするわけ」


 『SpreadDER』とは、『Spread=広める』という言葉から生まれた、150字以内の短文を投稿出来るソーシャルネットワーキングサービスである。特定のトピックの前に『ハッシュタグ』を置くことにより、同じタグ付きの投稿を一覧で表示させることも出来、投稿Spreadも全世界向け、フォロワーのみ、そして非公開にすることも出来る。俺にしてみれば非公開でSpreadする意味は何ひとつ理解出来ないのだが、メモ代わりにしたりするのだとか。へぇ、成る程。


 さて、そんなSpreadDERだが、個人から個人へDMダイレクトメールを送ることも出来る。相互のフォローの如何に関わらず、相手からブロックさえされていなければ、メアドなんてものを知らなくてもメッセージを送ることが出来るというわけだ。


 チェックするのは、その、DMの方らしい。


「それで?」

「それでね、DMが届いた人は、何かもう慌てて、っていうのかな、荷物を掴んで帰っちゃうんだって」

「帰るのか?」

「うーん、まぁ、家に帰るのかまではわからないんだけどね」

「へぇ。でも、それのどこが怖い話なんだよ」

「私も最初そう思ってたんだけど……」


 そこで姉ちゃんは、ごくり、と唾を飲み、俺を上目遣いに見た。ゆっくりと瞬きをすると、ランプの淡い光に照らされた彼女の下瞼に、長いまつ毛が影を落とした。


「その人、次の日からしばらく学校に来なくなるのよ」

「はぁ?」

「風邪とかじゃないみたいなんだけどね。ていうか、風邪だとしても、皆が皆よ? おかしいじゃない?」

「確かにそれはおかしいな」

「それでね、梧桐先輩、どうしても気になって、色々聞いて回ったらしいの。そしたら――」


 まぁ当然、というか。

 やはり事情を聞くなら当事者が一番手っ取り早い。

 梧桐先輩は、そのDMを受け取った人物と接触することに成功したのだそうだ。


「だけど、その人――A君とするけど、そのA君はね、そのDMの内容も、それから、クラブを抜けてどこに行ったのかも絶対に教えてくれないんだって」

「ほぉ」

「それでね」


 しかし梧桐先輩は諦めなかった。

 次の被害者――この場合、被害者で良いんだろうか――を探しあて、インタビューを試みたのである。その2人目の彼をB君とする。


「B君はね、結構重症でね」

「重症?」

「何かね、もうげっそりして」


 B君と会ったのは、彼の自宅だった。母親に知り合いだと言うと、彼女は快く応じてくれたらしい。そして、恐らく恋人だとでも思ったのだろう、梧桐先輩を彼の部屋まで案内すると、お茶を乗せたトレイを彼女に渡して「ごゆっくり」と引っ込んでしまったのだ。


 そして恐る恐るそのドアを開けてみると――、


 B君は、ベッドの上に呆然と座っていたのだという。その頬はこけ、眼の下には酷い隈が出来ていた。


「……君は、クラブの」


 とかさついた唇が動いた。しかし、長いことしゃべっていなかったのだろう、その声はかすれ、上ずっていた。

 

 

「……それで? そのB君は何て?」

「それがね――」


 ごくり、と姉ちゃんが唾を飲む音が、静かな部屋に響いた。

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