俺の姉ちゃんは、俺の姉ちゃんではない。2

宇部 松清

第1話 ねぇ、何かお話しようよ

「ねぇ」


 いつもそう。

 

 夏休みになると、必ず『お泊り会』が開催される。『会』といっても、メンバーは俺と姉ちゃんの2人しかいないんだけれども。


よう


 お泊り会という表現がちょっと適切じゃない気がするのは、その休み期間俺達はほぼ毎日のようにどちらかの家で寝泊まりしているという点にある。

 よほどの用事でもない限り、俺達はどちらかの家で、水遊びをしたり、庭にテントを張ったり、宿題をしたりして――、


 そして、夜には枕を並べて寝るのだ。


「何かお話しようよ」


 ただそれはさすがに小学生までの話であって、中学生ともなれば、姉ちゃんだってそりゃあ俺じゃなくて女友達とパジャマパーティーとやらをしたいだろうし、俺も俺でまぁ、色々したいこともあるわけだ。


 それにほら、何かとまずいじゃん?


 だって、俺達、ガチの『姉弟』じゃねぇし。

 ただのお隣さんだから。ちょっと――いや、たぶん、相当、家族同士仲が良いってだけの、ただのお隣さん。


 俺達はどっちも1人っ子で、年も1個しか違わないからってことで、本当の姉弟みたいに育てられたのだ。小学生の頃なんかは学校が終わると一緒にどっちかの家に帰って、それぞれの親が帰ってくるまで一緒に留守番をするってわけ。親的にはそっちの方が安心なんだろ。


 だけど、さっきも言ったように、この『お泊り会』は俺の小学校卒業と共になくなったはずなのだ。いや、親からは毎年のように「悠月ゆづきちゃんのトコ、行かないの?」って聞かれたけど。姉ちゃんのおじさんおばさんからも「今年は来るよね? 1日くらいは、ね?」なんて言われるけどさ。

 

 行かねぇって。

 俺だって忙しいんだよ。


 なのに。


「ねーぇ、陽ってば」


 姉ちゃんがいる。


「ねぇってば」


 違うな、厳密には


 姉ちゃん家――白瀬しらせ家の1階にある和室に、布団を向かい合うように縦に並べて。最初は隣に並んでたんだけど、さすがにそれはどうだろうかって俺がちょっと怯んで、移動させたのである。


 別に眠たいわけじゃないけど、ぎゅっと目を瞑っている俺に向かって、先刻からずっと姉ちゃんは声をかけ続けているのである。


「起きてるの知ってるんだから。ねぇ」

「起きてない。寝てる」

「ほぉ~らぁ、起きてた。ねぇ、まだ寝る時間じゃないからね」

「姉ちゃんはそうかもしれないけど、俺はもう寝る時間なんだ」

「うっそ。まだ10時だよ?」

「10時って高校生の就寝時間としてはまぁ妥当なところだろ」

「わかってないなぁ、陽は。いまは夏休みだよ? 明日だって別に予定ないじゃん」

「そりゃ……ないけど」


 ふぅ、と鼻に息を吹きかけられる。ふわりと暖かなミントの香り。緑茶ミントっていうらしい。ミントはミントで良いじゃねぇか、何だその緑茶の要素。


「陽が相手してくれないなら、そっちの布団に潜り込むけど?」

「何でだよ」

「陽を抱き枕にしてやる。ぐひひ」

「それで姉ちゃんが寝られんなら好きにしろ」

「何だ、良いの?」

「お好きにどうぞ。その代わり、俺に何されても文句言うなよ」

「うっ……。脇腹こちょこちょは勘弁して」


 馬鹿か。それだけで済むと思うな。まったく危機感のないやつだ。


 ていうか、おじさんおばさんも何考えてんだ。

 はいはい喧嘩しないで仲良くね、って送り出すウチの両親もどうかしてると思うけど。


 でも一番どうかしてるのは、姉ちゃんだと思う。


 あのな、俺はもう16だしな? 俺がその気になれば、無理やりにでもに持ち込めるんだからな? まぁ、しねぇけど。でも、絶対しないかって言われたら、それは俺の理性と要相談っていうか。


「……だって」


 さすがに効いたのか、頭上から、ぽつり、と萎れた声が聞こえてきた。


「久しぶりのお泊り会なのに……」


 そんなしょんぼりした声を聞かされてしまったら、さすがにちょっと悪かったな、という気持ちになる。


「……わかったよ」


 と、目を開ければ――、


「――ぅわっ」


 いた。

 かなりの至近距離に。

 姉ちゃんの顔が、あった。


 ちょっと驚いたような顔をして、丸い目をぱちぱちしている。


「何びっくりしてんの?」

ちけぇって、顔」

「そう? ――あ、もしかしてお口臭かった? ごめんね?」

「臭くないって。何その心配。全然ミントだわ」

「そ? なら良かった」


 眼前に迫る姉ちゃんの顔を避けるようにして寝返りを打ち、うつぶせになる。そうしてから「で?」と促した。


「で? で、って何が?」

「いや、何か話そうって言うからさ。話せよ。聞いてやるから」

「陽は何か面白い話ないの?」

「あったら話してる」


 ちぇー、そっけなぁい、なんて言いながら、姉ちゃんは口を尖らせた。

 枕元に置いたランプのオレンジ色の灯りに照らされている姉ちゃんは、何だかいつも見る姉ちゃんとは違って見える。


 ほんの数日前まで『ガチの姉ちゃんじゃないけど、限りなくガチの姉ちゃんに近い存在』だった姉ちゃんは、シンプルに『好きな女子』になった。もともと血の繋がりなんてない。親同士も実はどこかで繋がってるとか、そんなこともない。赤も赤、真っ赤っかの他人なのだ。だから、俺は姉ちゃんを――悠月を好きになったって良いのだ。


 ステンドグラスのような模様のそのランプはどうやらラクダの皮を使っているらしい。昔おばさんに教えてもらった。ラクダぁ? 砂漠にいるやつだろ? 皮なんてめっちゃ分厚そうじゃん? 何をどう加工したらこんなスケスケになるんだよ。


 それが不思議で不思議で、おじさんとおばさんの寝室に置いてあるそのランプを、俺がちょいちょい見に行くもんだから、このお泊り会の時は特別に貸してもらえるようになったのだ。雑貨屋に売ってるようなランプとは違って、傘の形は何だかちょっと歪んでいるようにも見えるけど、そこがまた味わい深い。なんて、そんないっぱしのことを思ってみたりして。


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